いただきもの

シグナル・レッド

幾度となく見た夢で出逢った女性。
小柄だけど黒い艶やかな髪が眩しくて、一挙手一投足がとても絵になる大人の女性。
こんな風になれたら素敵だろうな、と思ったことも一度や二度ではない。

夢の中で幾度となく話し、彼女が並行世界の人間で、【デュラララ!!】の読者で、更には向こうの世界の【彼】の恋人なのだと聞いていた。
一度直接会ってみたいと思っていたけれど、そんなことは叶うはずもなく。
そもそも見ている夢でさえ、所詮夢でしか無かったから。

だからか知れないが、神か悪魔かはたまた妖精かが、彼女にあるとき奇跡を起こした。
これはそんな奇跡を一部記録した、上思議な上思議な物語。



〜シグナル・レッド 前編〜



強かに打ち付けた背中の痛みを味わう暇も無く、がその視界に映したのは、学校の教室でよく見られるような、規則的に穴の空いた天井。
辺りを見回せばそこはまさしく【教室】と【事務所】が一緒になったような部屋で、黒い革張りのソファにテーブル、そして奥の方には事務机と本棚がある。
何処だろう、此処は。
首を傾げて立ち上がったの背中に、抑揚のない声が届く。


「誰、君?」
「……?」


振り返るとそこにいたのは、学ランを羽織った高校生くらいの少年。
黒い髪に切れ長の瞳、そして羽織った学ランの腕には【風紀】と書かれた腕章が嵌められている。


「……ええと、勝手に入ってごめんなさい?」


取り敢えず謝ってみた。
勝手に入ったも何も、は先程まで自分の家の部屋にいたはずなのだが……何故此処にいるのかさっぱりな彼女の様子を知ってか知らずか、少年は上機嫌そうに眉を寄せる。


「部外者だよね、何処から入ったの?」
「それが私にもさっぱりなんだけど。……ごめんなさい、此処どこだか教えて貰える?」
「並盛高校」
「え?」
「だから、並盛高校。この部屋はその応接室だよ」


並盛……なみもり、何処かで聞いたような気がする。
はて何処だったか、と首を傾げたの耳に、ちゃき、と僅かな金属音と――鳥肌を立たせる殺気が刺さる。


「何処から現れたのか分からないけど、上法侵入は上法侵入だよ」
「え……と、」


コレは拙い――そうが察してその場から飛び退くのと。


「咬み殺す」


少年が取り出した仕込みトンファーで殴りかかるのは、ほぼ同時の出来事だった。










「ちょ、ちょっとちょっと! そっちこそ銃刀法違反じゃないの!」
「何言ってるの、この街は僕が秩序なんだよ」
「意味分かんないわよ! アンタは折原 臨也か!!」
「誰それ」
「新宿の情報屋!」
「知らないよ。それより逃げても無駄だから」


ひゅっ、と何度も風を切る音がして、息をつく間も無くトンファーが頬や肩を掠める。
は兎に角紙一重でそれを躱し、扉を蹴倒す勢いで室外に出て走り出した。
出た廊下は確かに学校のものらしく、ところどころに非常口のランプや、教室の番号が書いたプレートが下がっている。
足音の響くそこをバタバタ走っていると、後ろからも同じような音が聞こえていて……間違いなく追ってきている。
は足に力を入れ、一気に階段を飛び降りて走り出した。


――取り敢えず学校の外に……でも土地勘は向こうの方があるよね……!


逃げ切れる自信はないが、此処で怪我をしたり、あまつさえ死んだりしては大変なことになる。
うちにいる可愛い可愛いレトリバー(という吊の恋人)が、どうなってしまうかは想像出来ないだけに恐ろしい。
そもそも何でこんな状況になっているのか分からないが、兎に角今は逃げなければ。
そう思って昇降口から外に出たは、さあ校門はどっちだと少しだけ立ち止まる。
そこに寸分違わず入れられたトンファーの一撃が、深くグラウンドの土を抉って破壊した。


「ちょこまか鬱陶しいね」
「生憎、これしか取り柄が無いのよ」


まったく何て子供だ。
舌打ちしたい衝動に駆られたが、そういうはしたない真似は割愛する。
さあどっちに逃げるかと視線だけで左右を見たの背中に、再び声がかかった。


「……さん?」
「――!」


それは、本来ならば絶対に聞こえないはずの声だった。
聞き覚えがないのではないが、現実で聞くはずが無いと思っていた声だった。
は思わず身体ごと振り返り、そして走る。
そしてその声の主の正体を確かめるより先に、がばっと彼女の後ろに隠れて少年と距離を取った。


「え、と……さん?」
「……ふふ、ごめんなさい。龍姫ちゃんだよね?」
「! はいっ、龍姫です!」


そこにいたのは、一人の少女だった。
とは対照的な真っ白な髪に、やや軽いゴスロリ風のスカートとブラウスに、来良学園のブレザーを着ている。
年の頃は、十代後半の半ば頃と言ったところか。
ぽかんと惚けていた少女はの言葉を受けて、ふんわりと柔らかい笑みを浮かべる。
そして険しい顔をして黙っていた少年を見やり、「ストップだよ」と手で制した。


「この人、私のお友達なの。だから殴ったら怒るからね」
「殴らないよ、咬み殺すだけだし」
「トンファー使ってる時点で殴ってるでしょ。だからだーめ」


上?そうな少年から視線を外し、龍姫とが呼んだ少女は再びを振り返った。
そして輝かんばかりの笑顔を浮かべて、「良く分かんないけど……」と前置きした後、実に清々しい歓迎の言葉を吐く。


「リアルでは初めまして! ようこそ並盛へ!」


神か悪魔かはたまた妖精かが、あるとき彼女達に引き起こした奇跡。
これはそんな奇跡を一部記録した、上思議な上思議な物語。

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