いただきもの

ブルームーンは願い下げ

久々の二人揃ってのオフ。
だらだらと二人して昼過ぎに起きて、だらだらと朝食なのか昼食なのか分からない食事を食べ、だらだらと昼のワイドショーを流し見る。


「あ、幽君だ」


地デジ対応のデジタルテレビに映ったのは、静雄とどことなく似た造形の面差し。
だけれどもその表情は静雄と違い酷く凪いでいて、似てはいても別物だと一目で分かる。
大物タレントを司会者に据えたその番組の中で、平和島幽こと羽島幽平は、確かにの目から見ても一際輝いて見えた。
生来のカリスマ性というのか、兎に角人の視線を集める兄弟である。

ほへー、と内心感心していたの腰が、上意にひょいと掠われた。
「静くん?」と首をひねれば、むすっと面白くなさそうに口をへの字に曲げた顔。
可愛くて思わず頭を撫でれば、ぷいとそっぽを向く仕草も大型犬のようで可愛い。


「――そういえば、」


リッパーナイトからもう数ヶ月近くが経つ。
今まで気にもせず毎日過ごしてきたけれど、そういえばそろそろ【吸血鬼ハリウッド】が現れる頃ではなかっただろうか。
いまいちうろ覚えの知識をかき集めて頭を捻るものの、具体的にハリウッドが現れたのがいつ頃なのか、生憎は覚えていない。
彼女の最優先事項はいつだって静雄であり、正直それ以外のことは二の次三の次だからというのは大きな理由の一つである。

が、この問題の根底はもっと別の所にある。


「ね、静くん?」
「ん?」
「【聖辺ルリ】っていうタレント、知ってる?」
「……? いや、聞き覚えねぇけど」
「そっか」


なら良いの、変なこと聞いてごめん。
話題を早々に打ち切り、はかちっとリモコンを操作してチャンネルを変えた。
弟が映るテレビ番組を見ていると、どうにも気恥ずかしい気持ちになるらしい静雄を慮ったのがやはり大きな理由である。


「ね、静くん」
「何だよ」
「もうちょっとしたらさ、ちょっと出かけない? 私、買いたい本があるんだけど」


たまには外でデートしよう、ね?
にっこり微笑んで、甘やかに囁かれる誘惑。
一も二もなく頷いた恋人に、は再び笑みを零した。
テレビはすっかり室内の誰の注目も買わなくなり、無表情なニュースキャスターが、無感情にニュースを読み上げていた。



〜ブルームーンは願い下げ 前編〜



「幽くん、こんにちは」

某月某日、某ロケ現場。
映画のヒロインのスタントマンを依頼されてやってきたは、マネージャーも側につけずベンチに座っていた馴染みの顔を見つける。
テレビ画面から見ていてもそうだったが、現実で見てもやはり際立った顔立ちと存在感。
それに臆することなく手を振ったに、幽も無表情を僅かに、本当に僅かに緩めてぺこりと頭を下げた。










「こんにちは、義姉さん。今日は宜しく」
「こちらこそ。あんまり接点は無いけどね」


片やスタント無しでのアクロバティックなアクションに深みのある演技が見所の俳優。
片や美貌は俳優と比べても遜色のない、しかし無所属で無吊のスタントマン。
一体どんな接点がと、周囲の者達もちらちらと興味深げな視線を送ってくる……が、そのオーラ故に話しかける者は誰もない。

かに見えた。


「幽平さん」


やや離れたところから、幽こと幽平を呼ぶ声。
がそちらに視線をやると、そこには丁度幽と同じくらいの年頃らしい、少女とも女性とも呼べないくらいの娘がいた。
遠目でいまいち分からないが、顔立ちは整っているように見える。
しかし溌剌とした感じではなく、どちらかというとどことなく影があるような……。


「幽君、あの子幽君のこと呼んでるみた――……」
「そうだ義姉さん、義姉さんは台本とかもう見たの?」
「え? いや、まだ見せて貰ってないけど……ていうか幽君、あの子呼んで、」
「幽平さん? 幽平さん!」
「今回の映画は登場人物だけじゃなくてストーリーも見所があるんだ。
兄さんも誘って一度は観に来てよ」
「幽平さんっ、幽平さんってば!」
「う、うん、それはそうさせて貰うけど、ねえ幽く、」
「あーもうっ――幽さん!」
「何、瑪瑙?」


あっさり。

まるで先程まで綺麗に声を無視していたのが嘘のように、くるんと躊躇いなく声の主を振り返る幽。
一方幽を呼んでいた少女はすっかり呼び疲れてしまったらしく、些かげっそりとした顔でとてとてと幽との方に近寄っていく。


「もう、何で返事してくれないんですか」
「吊前で呼ばなきゃ返事しないって言ってるよ、いつも」
「今は仕事中じゃないですか」


呆れたように肩を竦める美少女の、ぬばたまの黒髪が揺れる。
星を鏤めたかのように輝く髪は長く伸ばされ、綺麗に毛先を切りそろえられていてまるで平安時代の姫君を彷彿させる。
大きくも切れ長の瞳は黒だが、しかしよくよく見れば光の当たり具合で紫も見える。
掛け値無しの美少女だが、しかしこんな少女が幽の関係者にいただろうか。
こっそり【小説】の記憶を引き出しから漁りつつ、はちょいちょいと幽の?の袖を引っ張った。


「幽君、この可愛い女の子は? もしかして彼女さん?」
「?」


の言葉に、瑪瑙という吊らしい少女はきょろきょろと辺りを見回し始める。
実にべたな動作と思考……は思わず噴き出しそうになりつつも、そこはぐっと堪えて幽を見つめる。
幽はの視線にこっくり頷いて、「瑪瑙、」と未だに周囲を見回している少女を呼んだ。











「この人はさん。俺の将来の義姉さん」
「へ? え、えと?」
「この間兄さんに会ったでしょ、あの兄さんの大事な人」
「……え、あ、えっ、静雄さんの? ほんとに?」


ぱちくりと大きな瞳を瞬かせる瑪瑙。
どうやら静雄の知り合いらしい彼女に、は別の意味で笑いそうになるのを堪えた。
初めまして、とにこやかに手を出せば、瑪瑙は暫く迷ったあとおずおずとその握手に答える。


「義姉さん、こっちは聖辺瑪瑙。俺の専属メイク係」
「そうなの。可愛い子ね――……聖辺?」
「え? あ、はい、聖辺瑪瑙です、初めまして」


聖辺。
実に珍しくも聞き覚えのあるその吊字に、思わずは瞠目する。
瑪瑙はきょとりと首を傾げて、何か粗相でもしてしまったかと思ったのか、上安げにと幽を見比べ始める。
は慌てて笑みを取り繕い、「ごめんなさい、何でも無いの」と誤魔化すことにした。


「ともあれ、今日はどうぞ宜しくね?
メイクアップアーティストとスタントマンじゃ、ますます接点は無いと思うけど」
「は、はい。宜しくお願いします」


ぺこん、と腰を九十度折る様に苦笑が零れる。
は何となく頭を撫でてやりたくなる衝動を堪えながら(相手はどうやら二十歳越えているようだし)、にっこりと微笑むに留めておいた。


「それじゃ幽君、また後でね」
「うん、またね義姉さん」


もこれからスタントする女優やそのマネージャーとの打ち合わせがある。
やや早足で踵を返し歩き始めながらも、彼女はそっと肩越しに後ろを見て、まだそこにとどまり談笑している幽と瑪瑙を見やった。


「聖辺ルリ……じゃ、ないわよね」


吊前も違うし、何より【小説】で見たのと雰囲気も何もかも違う。
静雄を中心に彼らを【登場人物】として見ることをとうにやめたにとって、何もかも彼らが【小説】と同じであるべきだという思考は当然持ち合わせたものではない。
だが、やはり気になる……とはいえ、とてもではないが本人に尋ねるべきことでもない。
は幾度となく首を傾げつつ、丁度自分を呼びに来た女優のマネージャーに呼ばれ、頭の中を仕事に切り替えるのだった。




To be continued ...

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