当主様に恋して



文化祭本番!

そして文化祭当日がやってきた。
活気づく校内を歩き回りながら、少女たちは明るく笑う。

「京子、お好み焼きとたこ焼きどっち食べる?」
「……あんた、まだ食べるの。 さっき水飴とわたあめ食べたじゃない。 そもそもこれって生徒会の見回りじゃなかったっけ?」
「ちゃんと見てるよ」

腰に手を当ててふんぞりかえる友人に、京子はひざかっくんをした。

「ふひゃっ」
「隙多すぎ、そんなので舞台のヒロインをつとめられるのかしら」
「うわーん、考えないようにしてたのに」

濡れた子犬のように床にのの字を書き始めた椿の肩を叩く。

「楽しみにしてるわよ、ラプンツェルさん」
「京子のドS」
「そろそろ準備でしょ。 生徒会室までは一緒に行ってあげるから」

少女達は歩きだした。
生徒会役員総出演、「ラプンツェル」の舞台に向けて。







椿は舞台の上で平静を装いつつ、心で涙を流していた。
だって王子が生徒会長なのだ。
配役を聞いた瞬間、悲喜こもごも混ざりあった感情が彼女の顔を、赤と青に染め分けた。
「無理!絶対無理だってば」「決まったことですから」「芳桂くんの鬼っ」「……で、あのアホ会長はどこですか」しかして文化祭直前二週間、地獄の猛特訓が行われた。
この経験は彼女の将来に小さくない影響を与えるのだがそれは別の話である。
さておき、舞台本番である。
練習期間は短いものの、基本的に優秀な判李、記憶力だけは良い椿、やはり優秀な生徒会の面々。当日特別出演が決まった惇明教師などは、他人のフォローをする余裕まであった。
だがしかし、生徒会長三双萩判李を甘くみてはいけない。
色々な意味で。
椿は助けを求めて、舞台袖に視線を投げかけた。

『せ、先輩がんばってください』

彼女の意志を正しく理解し、口パクで励ます日本人離れした美貌の少女。

『ルカちゃん、ヘルプミー』
『すいません、無理です、ごめんなさい』

アイコンタクトおよび口パクでの通信は無駄打ちに終わった。
そもそも、なんで。
椿はひとりごちる。
練習の時は、「もう死んでもいいや」と思うほど正確に、恥ずかしい台詞を言っていたのに。
判李の台詞が飛んだとは考えにくい。
ではわざとか。
十中八九そうだろう。
飽きたとかそういう理由でやりかねない。椿はそれなりに彼の性格を理解していた。

(三双萩君、王子の台詞をちゃんと言ってくださーい)

同じ場面を演じ続けることに飽きて、多大なるアレンジが加えられた「王子」を演じていた。

「王子様、では毎夜絹糸を一本ずつ持ってきていただけますか? わたしはそれで梯子を編んで降ります」

対する判李の機転の利いた返しに観客席が爆笑に包まれた。全然違うことを言いながら、流れが阻害されない、ラプンツエルの台詞を変更する必要がないことが不思議すぎる。
というか、

(質が悪すぎるっ)

椿は開き直って、続きの台詞を演じた。
こうして後に『伝説の』と冠され語り継がれることになる、生徒会演劇「ラプンツエル」は大好評で幕を閉じた。









□□□










校庭から鳴り響く後夜祭の音楽を聞き流しつつ、椿は屋上の扉に手をかけた。

「「「わあぁーーーーーー!!」」」

開こうとした瞬間、響いた歓声に思わず振り向く。
そういえば惇明先生が特別ゲストがどうのと話していた。誰なのか何度聞いても教えてくれなかったが、あの人ならすごい有名人を連れてきたのだとしても別段不思議ではない。椿は小さく微笑んだ。
だがそれは直後驚きに変わる。

「遅かったな」

開きかけの扉が引かれて、つんのめる。
転びそうになったのを抱き止めたのは……、

「三双萩君?」

夕暮れ時も終わりかけ。
紅と群青が混じる空に漆黒の髪が映えた。逆光と腕に抱き止められているせいで表情がわからない。背中を汗が伝い落ちるのを感じた。

「ここじゃなんだしな」

腕を解き、何故かつなぎ直す。
てのひらに心臓が移ってしまったのかと思った。
屋上の扉が頑丈な音を立てて閉じる。

「ど、どうしたの?」
「ん? 照木が用事あるんだろ」

給水塔の前で向かい合う。
一陣の風が吹いて、長い髪が緩やかに舞った。同時にほのかなキンモクセイの香り。椿は緊張と肌寒さに身震いした。

「手、冷たいなぁ」
「こ、心が暖かいから」

判李は珍妙な表情で固まった手を取る。次いで読めない表情で笑った。

「だなっ」
「そんなことないよ」

かみ合わない会話。しかし彼は一片も気にとめた様子がない。長身を少し屈ませ、覗き込む。

「で?」
「で、って?」
「俺は、照木に告白されるのかと思ってたんだけど?」

聞いた瞬間、椿は完全にフリーズした。

(屋上、告白……呼び出し? 自分はそんな大それた行為をした覚えはない。 でも実際今二人でいて。 今、現実、こく、告白を!? 誰が!? わたしが!?)

彼女は三十年前のパソコンよろしく、容量オーバーで壊れた。

「三双萩君!!」
「うん」
「今彼女はいませんよね!!」
「知っての通りだな」
「じゃあわた、わたしと付き合ってください!!」

大声で叫ぶ。
それは後夜祭の音楽すらかき消す勢いで。
だが一秒後に正気に返った。顔から叫んだのと同等の勢いで血の気が引く。

「いいけ……「きやぁああああああ!!! ごめんなさい、だめに決まってるよね!! だってわたし三双萩君の今までの彼女みたいに美人でも胸が大きくもないし!! 今言ったことは忘れて!!」……ど? おーい照木ぃ?」

ダッシュで逃げようとしたが、手を捕まれているのでできない。
対する判李は虚をつかれた顔で椿を眺めていた。羞恥に涙が滲む。

「うわーん、離してぇ」
「ダメ」
「なんで? やっぱり三双萩君がわたしのこと嫌いだから?」
「……照木の妙なマイナス思考はいつ見てもおもしろいな……俺が今なんて言ったか聞いてたか?」
「え? ダメって」
「その前!!」
「うん?」
「いいけど」
「なにが?」
「照木と俺、付き合うんだろ?」

長いまつげがパチクリはためいた。次いで小首を傾げる。

「どこに行くの?」
「……じゃあ論より証拠ってことで」
「え……?」

視界いっぱいを、彼の顔が占領した。
大きな手のひらで傾けられたあご先。
いつかと同じ甘い香りが鼻をくすぐった。

(えーとつまりOKってこと……だよね? それに……この香り、彼女の移り香じゃなかったんだ……)

そう思った瞬間、急に気持ちが落ち着いた。

(多分……そうだよね)

三双萩判李は照木椿に恋してるわけではない。
でも付き合ってはくれる。
ならばチャンスはあるはず。

「……好き……」

彼の耳元に向けて精一杯背伸びして呟いた。
絶対、絶対、いつかこの言葉を彼にも。

「ん」

再びふさがれたくちびるに決意の熱が宿った。







2010-03-09

ひとまず片思い編終了、交際編スタート!とは言ったものの、話にも書いてある通り(多分)彼のこころはまだ彼女にはありません。当主ってばなんて恋愛話に向いてない……。でもそんな彼がだい♪好き☆
ちなみに文化祭の演劇等はコラボしていただいているお三方と一緒に考えました。なので私が書ききれなかった分は他の皆さんが素敵に書いてくださる筈(笑)そちらも併せてお楽しみいただければ幸いです!

written by Nogiku.