泣き出した空に眉をひそめ、変色したコンクリートにため息をつく。
肌を濡らす雨は生温くて、湿度高い空気が重くさせる全てに辟易した。
「これ、止むかな?」
「さぁな」
彼は答えて淡々と言う。
……気まずい。だって元カレだもの、まだ別れてから二週間しか経ってないのデスヨ。
しかしわたしの動揺を他所に、彼はこれと言って気にした素振りもなく能天気に頭の上で腕を組んだ。そういうところがかつて好きだったし、別れた原因でもあるのだけれど、この様子だとそんなこと欠片も気にしてないんだろう。
こっそりため息をついて、携帯電話に視線を落とした。
周防、迎えにきてくれるかな。
「ねえちゃんオレ、いま寝たばっかなんだけど」
そりゃあんたが昼夜逆転している所為でしょう。いいから車出せ、車!……なんて言ったら電源切られるな、確実に。
だが駄目で元々だと通話ボタンに手をかけたその瞬間。
───世界が反転した。
むちゃくちゃなスピードのコーヒーカップにのった様な嘔吐感、次いで鼓膜を震わせた車のブレーキ音に身を竦ませた。
しかし、
「おい、!!」
気がつけば彼のがっしりとした腕の中。
手の中の携帯はストラップが指に絡まり、辛うじて落ちずに済んでいる。
それ以外周囲にはなんの変化もなく、不思議そうにこちらを見つめる瞳があるだけで。
確かに跳ねられたと思ったのに……。
「どうした?」
「わ、わかんない」
でも抱きしめる腕の強さに、少しだけ力を抜いた。
そして悪いこと等ひとつも起こっていないと呪文のように唱えながらゆっくりと立ち上がる。
だけどあれはやはり予感だったのだ。
真夜中の電話で、
「…………嘘でしょ…………」
彼女が、志崎京子が死んだと知ってしまったから。
「冬姫の帰還」×「願った夢は、」
01 変わらぬ想いと、変わった現実
目を開くと薄明るい朝日が差し込んでいた。
全身に嫌な汗。濡れた枕。
あれから十年以上の時間が過ぎて、当時は喪失感しか感じなかった彼女の死が胸を締め付ける。
私は京子のお葬式で、泣かなかった。いや泣けなかった。だってそれはあまりに非現実的で、彼女とは友達で、同い年で、「またね」って別れたのに。
そして四半刻ほどして、わたしはようやく身を起こす。
夢の残滓に捕らわれそうで、汗を流したいという思いと相まって足は裏庭の井戸を目指していた。
ざぶり───と。
頭から水を被って、二度、三度。そうしてようやく周囲の景色に焦点が結ばれる。秀麗曰くやたらと広いだけの邸と、生活感溢れる畑。
目を閉じれば虫の声が聞こえる。
深呼吸をして、そして声をかけられるまで彼の存在に気がつかなかった。
「なにを、している?」
「おはよう」
静蘭の声に振り向く。
次いでなぜか目の泳いでいる彼に小首を傾げた。
(変な静蘭)
しかしその視線を辿って見下ろすと、薄手の着物の張り付いたわたしの身体があって。
反射的に静蘭を睨んだ。
「……助平」
「なっ、お前が勝手に見せたんだろうが! 勝手に私を変態呼ばわりするな!!」
「別にそこまで言ってないでしょ。 もういいからじろじろ見てないであっち行って!」
悔しそうに眇められる瞳はしかしその場に留まることも出来ず、踵を返した。わたしは無言で着替え、室に戻る。
そして秀麗の、
「朝餉出来たわよー!」
呼ぶ声に。
一度だけ寝台を振り返った。
夢の残滓は消えることなく、しかし胸の奥にそっと。
無形の夢に瞳を閉じた。
思えばこれが他サイト管理人さんと初めてコラボさせていただいたお話でした。
鳥乃さん、大感謝です!
ちなみに冒頭に出て来た男性が燕青に似た、ヒロインの元彼さんです☆
written by 野菊
20080823up→0902修正
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