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凍原に咲く雪花

迷い猫

粉雪が舞っていた。ひらひらと、はらはらと。薄曇りに時折差す光に反射して、輝きながら舞い消える。
そんな幻想的な雰囲気の中、真一郎は外套を前でかき合わせ悪態をついた。
───まったく悪いことは重なるものだ。
原稿の締め切り直前にインクが切れるとは何事だ。天は俺に仕事をするなとでも言っているのか!?
しかしひとりで零していても空しいだけで、意味がない。仕方なしに分厚い外套を羽織り家を出る。年期の入った玄関を開けるとびゅぅと冷たい風が吹き寄せた。
───寒い、すっげー寒い。正直今からでも火鉢の前に戻りたい。と言ってまさか本当に戻るわけにも行かず、雪の積もりかけた坂道をくだり、町に出た。馴染みの店主に「さむいねぇ」と声をかけると鼻で笑われた。作家先生は虚弱なことで、といった所か。
余計なお世話だ。
だからというわけではないが足早に店を出、家路についた。
今夜は原稿を諦めてさっさと寝てしまおうか。そんなことを考えながら門前に立つ。そして真一郎は玄関のガラスに寄りかかるように踞る少女を見つけた。

「狐狸妖怪の類いか?」

透けるように白い少女に思わずそんな言葉を呟いた。だが真一郎がそう思うのが無理ないほど彼女は不可思議な雰囲気を発していた。どこと言われると表現しづらい。少女の回りの空間全てが未知なる物で構成されているようなおかしな錯覚。
おまけに一見して上物だとわかる薄藍色の衣は見かけない作りをしていた。以前書物で見た清の民族衣装に少し似ているような気もする。───では異国人か?
真一郎はいぶかしんだ。しかしそんな事以上に、

「なんで俺の家の前で倒れるんだ」

迷惑極まりない、と薄情にも眉を顰めた。
せめて生け垣のはじとか目立たない所で倒れてくれればいいものを、玄関の真正面ともなれば彼女をどけないかぎり中に入れない。
となれば少女に触れる必要性が出てくる。幼いとはいえ見知らぬ少女を抱き上げるのはいかがなものか。真一郎はそういう部分にかけては見た目に反してまじめで実直な感性を持っていた。しかしその他の思考は極悪染みている。
中に入れてやるか、放っておくか。人を呼んでくるという選択肢は真一郎にはなかった。この寒い中もういちど町まで降りるのはまっぴらごめんだし、近隣の住人を頼るのは恩を売られるるようで気色悪い。
だが迷っている間にも冷たい雪が身体を芯から冷やした。
───仕方ない。

「俺も人がいいよな」

真一郎は覚悟を決めると、冷たい身体を抱き上げ玄関をくぐる。覚悟したのは少女に対する哀憫の情ではなく、「自宅の前で変死体が出ても困るから」という至って自己中心的な考えからであったが。

「おー、寒いこと!」

ぴくりとも動かない少女を適当に毛布に包み、火鉢の前で手を擦り合わせた。