今まで読んだドリームのヒロインは大抵紅家か藍家の姫だった。
そして静蘭に愛されながら秀麗や邵可とほのぼの暮らしたり、楸瑛にお兄様vとか言って甘えたりするのだ(この辺は完全にわたしの趣味だが)
だが、しかし、
……なぜに茶家?
事態を把握し始めたわたしの脳裏を過ったのはそんな言葉だった。
多分混乱していたのだろう。人間はパニックになるとどうでもいいことから考えるのだと学んだ。
俗に言う現実逃避。
そう、わたしを拾ってくれたのは紅家でも藍家でもましてや王家でなんかあるはずもなく、茶家当主、鴛洵様だった。
聞いた話だと、門の前に香鈴と一緒に落ちていたらしい。
言われてみれば朧げに、震えている子供を抱きしめた記憶がある。
あれ、香鈴だったんだ……。
そんなわけでわたしは鴛洵様に拾われ、香鈴と姉妹になった。もちろん赤の他人だと説明したが香鈴とわたし、身寄りのない物同士支え合って生きていきなさい。という鴛洵様の薦めで正式に姉妹の契りを結ぶことにした。
その時は、鴛洵様の薦めだし、香鈴かわいいし。という軽い理由で承諾してしまったが、後から考えてみれば、それはとても大きな意味のあることだった。
鴛洵様はすべてを分かっていたのだろうか?
……ここまでくれば気がついた人もいるだろう。
香鈴が鴛洵様に
そう、わたしが彩雲国に流れ着いたのは王位争い真っただ中の混乱期。原作第一巻から見て八年も前のことだった。
しかもふと気が付くと若返っていた。
いや若返るという表現をするとちょっとうれしい感じだが、これはなんか違う。
鴛洵様に「お嬢ちゃん」と呼びかけられたので怪訝な顔をすると(二十歳過ぎた女にお嬢ちゃんはあるまい)やはり怪訝な表情の鴛洵様がいた。そこではたと気が付く。
もしかして、私年齢逆行なんてドリームっぽいことしちゃったわけ?と。推定年齢十三歳。十歳程若返った計算になる。これは最早不思議というより、怪奇現象の域に達している。
そもそも異世界トリップだけでも十分オカしな状況なのに、年齢逆行ってどこまでドリームなんだ。
寝て起きたら夢オチとかないかな。
……ないだろうな。
はぁ。
そんなこんなでこの世界に来て、ちょうど一年が過ぎようとしていた。王位争い収束と共に、世の中も少しずつ落ち着きを取り戻してきている。
「ねえさま! ねえさまー!」
幼い少女が広い廊下をぱたぱたと駆けてくる。
紅潮した頬が可愛らしい。出会った頃はガリガリに痩せていて心配したものだが。
「香鈴! ななな何かしら? ほほほ」
わたしが裏返った声で笑うと、香鈴は頬をぷーと膨らませた。
「ねえさま! 師がお待ちですわ!」
「そういえば勉強の時間だったけ」
わたしは薄ら笑いを浮かべながら、じりじりと後退した。
しかし香鈴は言うが早いかわたしの着物をがっしりと掴む。
「今日こそ逃がしません! 一緒にお勉強いたしましょう!」
「わたしが勉強嫌いなの知ってるでしょ、見逃してっ」
少し可哀想だが背に腹は代えられない。香鈴の腕を振りほどき、一目散に逃げ出した。
「ねえさまー!」
香鈴の怒声が邸に響き渡った。