初恋 秀麗

 それは王位争いの混乱冷めやらぬ時勢の話。
 秀麗は一人の少年と出会った。


「……大丈夫?」


 きっちりと纏められた艶のある黒髪と優しげな双眸。
 少女は一目で恋に落ちた。










 夕暮れ時、秀麗は小さな体に見合わぬ大量の食料を担ぎ込み、フラフラと歩いていた。
 危なっかしいことこの上ない。
 そして人目のない路地に差し掛かり、


「お嬢ちゃん、お兄さん達と一緒に遊ばない?」


 柄の悪そうな男達に取り囲まれてしまった。
 赤ら顔の破落戸たちは、精一杯睨んだ秀麗にニヤニヤと笑う。身体の震えを隠す様に紙袋をぎゅっと握りしめた。しかし逃げ場なく路地の一角に追いつめられ、肩を掴まれる。
 その時、


「何やってるんだ!」


 視界に影が差した。
 飛ぶように現れた少年。
 彼は勢いよく破落戸の鼻っ柱に蹴りを入れ、秀麗の手を引き走り出す。


「ぎゃっ!」


 突然のことに唖然とした破落戸たち。しかしすぐさま気を取り直し、少年に掴み掛かろうとする。


「舐めてんのか!」
「囲め!」


 絶体絶命。
 だが少年はに意味ありげに笑い、背後を指差した。
 そこにはいつのまにやら下町界隈の屈強な男たちがいて。


「秀麗嬢ちゃんに手を出そうとは、いい度胸だな!」
「やっちまえ!」


 口々に叫ぶ街の男たち。路地はたちまち乱戦と化した。
 少年は秀麗の手を引きその間をすり抜ける。


「お任せします!」
「おうよ!」


 駆け去ろうとした少年。だが思わぬ抵抗にあいつんのめった。


「わ、私のせいなのに!」


 涙目で路地を振り返る秀麗。
 少年はそんな彼女を一喝する。


「足手まといになる気か!!」


 肩をびくりと揺らし、俯いた。
 そして「ごめんなさい……」と呟いて、少年に手をひかれるまま、走り出した。










「……大丈夫?」


 少年は安全を確認するように見回した後、秀麗の目線に合わせ跪く。
 優しく輝く漆黒の瞳。
 頭を撫でる腕。
 緊張の糸が切れた秀麗はぼろぼろと涙を零した。
 少年は微笑み、抱きしめる。


「君は強い子だね」


 四半刻ほど泣いた。
 次いで手をつないで歩き出す。
 邸まであと少しなのに送ってくれる。
 優しい人だと秀麗は思った。








「……ここが君の家?」


 しかし少年は自宅を見上げた瞬間呆然と呟いた。そして冷や汗を流しながら振り向く。


「君……もしかして紅秀麗?」
「はい」


 何故知っているのだろう?


「あ、あー。 じゃあこれで!」


 突然踵返そうとした少年の腕を掴んだ。


「なんのお礼も出来ないけど、夕餉くらい食べて行ってください!」


 彼は戸惑ったように周囲を見回す。
 その時の声が聞こえた。瞬間少年の肩がビクリと揺れる。


「お嬢様、この方はどちらさまでしょう?」
「静蘭!」


 破落戸から助けてもらったのよ!と満面の笑みで語ると笑顔で答えてくれた。
 秀麗は気づかない。彼の笑顔が真っ黒な事に。そしてその瞳が少年に向き、威嚇するように細められたことにも。


「……それは、ありがとうございました」
「い、いえ。 じゃあお家の方とも会えたことだし」


 彼が立ち去ろうとした瞬間、邵可の声が呼びかけた。


「秀麗、静蘭。 こんなところで何をしているんだい? ……おや? じゃないか」
「……こんにちは」
「父様のお知り合いだったの? じゃあ益々夕餉をご一緒していただかなくっちゃ」


 鼻歌まじりに袖を引く秀麗。
 はがっくりと肩を落とすと、おとなしく連行されることにした。











 数日後、


、お前女だったのか?」


 秀麗の初恋は幕を閉じ、物語がはじまる。