剣戟が心打ち鳴らす

「姉様! 紅貴妃様と主上が……!」


 珍しいこともあるものだ。
 あの香鈴が走っている。わたしと違って完璧な作法の使い手であるはずの香鈴が……!
 愛らしく結い上げた髪は乱れ頬は上気し、りんごのように真っ赤に染まっていた。


「はい、お水」


 落ち着くように促し肩に手をかける。そして水差しを差し出した。










「――ということらしいですよ」
「そうですか」


 気がつけば定例になっていた府庫のお茶会。
 二代目黒狼による正しい暗器の使い方講座も終わり、一息ついたところだった。


(今思えば我ながらすごい人にすごいこと頼んだものよね)


 府庫で二人、にらみ合った記憶を思い出す。
 ……殺られてしまうかと思ったヨ。というかわたしの「薔薇姫」の一言がなかったら本気で闇に葬られていたかもしれない。
 ――自分がんばった。でももうしない。


「……桜、きれいに咲きましたね」
「ええ」


 愛娘の貞操の危機かもしれないというのに、邵可さまは表情をピクリともさせない。
 あの主上に限って無理強いするわけはないし、秀麗の性格上ナニかあるわけもない。
 そういう意図も含めて伝えた。
 ……でも、どうなのこの反応。


「あの、邵可さまはご心配ではないのですか?」
「十中八九ただの添い寝でしょう。 それに主上が無理強いしない方だというのはあなたの方がよくご存知なのでは?」


 えーと。


「まあ……そうですね」


 目が泳ぐ。
 わたしは風向きの悪くなって来た会話に終止符を打つべく、室内を見回した。
 そして不思議と印象に残る桐箱に目を留める。


「これは……」
「黎深から秀麗への贈り物です」


 紅尚書から……ということは。
 蓋を開く。
 それは予想通り、、、、銀の茶器だった。


「見事な茶器ですね」
「はい」


 銀が朝日が反射し、ギラギラと輝く。










□□□










 神経が研ぎすまされる。
 全身が一振りの剣になる感触。
 その感覚に身を任せた。


「かかってこい!」
「はい!」


 剣を空高く突き上げる。
 そして力を込め、上段から一気に撃ちこむ。


「やあああああ!!」


 しかし宋太傅はその一撃を軽々と受け止め、余裕の笑みさえ浮かべた。


「おら! 鈍ってるんじゃねえのか!」


 下段からの強烈な一撃。
 わたしはその剣戟を辛うじて受け止める。
 手がビリビリと痛んだ。


(――このままでは負ける! )

 
 剣に込められた力を横なぎに流し、右に大きく飛んだ。
 そして助走を付けて切り込む!


「はああああああ!!!!」
「まだまだー!」


 宋太傅の声が聞こえた!と思った瞬間手首に激痛が走った。
 手から離れた剣が地面に突き刺さる。
 剣と地面が硬い音を立てた。


「ま、参りました……」


 がっくりと膝をつく。
 ――やはり強い。
 ほんとにこの人、赤鬼さんじゃなかろうか。すくなくともこの強さ、人間技ではない。
 肩で息をつき、視線を上げた。
 白い髭、皺くちゃの顔。
 ……顔だけみればただのお爺さんなのに。
 年齢を感じさせない隆々とした肉体とそれに見合った強さに内心、賞賛の声を上げた。
 彼に師事して早五年。
 少しは近づけたのだろうか。


「宋師! 次は……」


 人の近づく気配に口をつぐむ。
 こんな場所に……?
 しかしその疑問は、聞き知った声の唱和にかき消されることになる。


「「宋太傅!?」」


 静蘭と藍将軍だ。
 二人してこんな場所でなにやってるんだか。


「藍家の若造と……おぬしは」


 宋太傅は静蘭を見てわずかに目を細めた。
 そして一泊のち、剣をつきつけこう言った。


「――ちょうどいい。 ! お前が相手をしろ」





 はい?