横暴だ!職権乱用だ!
しかし思えども口には出せない。
――それにどうせやらなくてはいけないのなら、静蘭が油断している今がチャンス。
切れ長の瞳をヒタリと見つめ、機先を切った。
「参る!」
一歩踏み出した瞬間楸瑛の、「……ってまさか殿!?」という悲鳴が聞こえた。
ずっと否定し続けている静蘭への想い。
隠して、誤摩化して目をつぶって。しかし彼のことだ。たぶん、わかっている。
他人の感情に妙に聡いこの男がしつこくしつこく何年も尽きぬ視線に気がつかないはずはない。
わかった上で、無視し、からかっているのだ。
自分がどうしようもない片思いを続けているからって人を巻き込まないで欲しい。
……それをわかった上で断ち切れないわたしもわたしだが。
彼に惚れていなければ、いい人を見つけて幸せに暮らすという今があったかもしれない。
しかしそうなったらもう帰れない。
それは嫌だ。
わたしは家に帰りたい。だって家族が、待っているから。
もしかしたら、この成就しようのない想いは、元の世界へ帰る布石なのかもしれない。
だから今、全てを剣にのせる。
――あなたに、届かないとしても。
いつか断ち切られることを願って!
「やあああああ!!!」
「!?」
甲高い金属音が響く。
「待て!」
「問答無用!」
剣を双手で握りしめ、上段から斬撃を繰り出す。
しかし必殺のはずの一撃はがっちりと受け止められた。
キーンと甲高い音が鳴り響く。
(力勝負では勝てない)
一瞬にして状況判断を終え、牽制しつつ後方に飛び退る。
そして一気に距離を詰めた。
「速い……!」
楸瑛の驚愕の言葉と宋太傅の自慢げな笑いが耳に入った。
「はああああ!!」
得意の右上段からの一撃に力を込める。
すると宋太傅が狙いすましたかのように、
「静蘭、と言ったな。 おぬし歳はいくつだ」
「に、二十一になりますが」
静蘭の気が逸れた隙を見計らい、剣を叩き付けた。
甲高い金属音が響き渡る。
一瞬、静蘭が燃えるような瞳でわたしを睨んだ。
「! 私を甘く見るなよ」
双眸に紫の光が射す。
初めて見る真剣な眼差しに、身体の奥がぞくりと震えた。
だがしかし、「十三年前、邵可に拾われたそうだな。 その前は何をしていた?」という問いかけに静蘭は再び意識を逸らした。
……誰が甘いって?
「それは! あんたの方でしょうがーーーーー!!!」
今度こそ寸分違わず、剣をたたき落とす。
よし!ビクトリー!
鋭い視線で見上げた静蘭に、「ベーっだ!」と舌を出す。
そして剣を鞘に戻し、楸瑛に歩み寄った。
背中に痛い程の視線を感じながら。
(これで嫌われたかな)
嫌われたい、でも嫌われたくない。
自嘲混じりの呟きは胸の奥深くへしまった。
しまえると思った。
だからその時過った表情が、今にも泣き出しそうだったなんて思いもしなかった。