そしてわたしは

 夜半、叫び声が聞こえたような気がして目が覚める。
 主上が秀麗の室に通い詰めている為、当然ながら主上付きのわたしは暇だ。心置きなくぐっすり眠れる。
 しかし、今夜は何やら胸騒ぎがする。
 大急ぎで身支度を整え、貴妃の室へ向かった。










 途中、静蘭とすれ違う。おそらく宿衛だったのだろう。
 彼と視線が絡み合うより早く、わたしは視線を落とし人ごみに紛れた。
「貴妃の室に!」「賊か!?」「いや、筆頭女官によると……」
 侍官、女官達をかき分け、ひとりの少女に駆け寄った。


「香鈴!」
「姉様」


 夜着姿の香鈴に何が起きたのかと問いただす。


「それが、突然主上の叫び声がして……。 でも珠翠様がなんでもないから下がりなさいと……」
「そう……」


 やはり、と貴妃の室を見つめる。
 しかし香鈴にこれ以上心配させるのは可哀想だ。


「姉様が様子を見てくるから、あなたはもう寝なさい」


 少しやつれた感のある頬を撫でる。
 ――香鈴の青白い頬に喉に小骨が刺さったような感覚を覚える。
 思い出さねば取り返しがつかなくなる、何かを忘れているような。


(考え過ぎかな……)


 頭を振り、その考えを追い出した。
 そして貴妃の寝室に向かう。


「珠翠様」


 驚いた表情で振り返る美女。
 下ろした髪が麗しい。


「主上と、貴妃は?」
「それが……」


 とその時、秀麗の室から珠玉の音が溢れ出す。


「これは」
「秀麗様ですね」


 優しい二胡の音に、ほっと肩を落とした。
 ――主上は、きっと大丈夫だ。









□□□









。 秀麗へのお礼はどうしたらいいだろうか?」


 ごろごろとベットの上を転がる主上にぴしっとデコピンをかます。


「妻への贈り物をいくらわたしとはいえ、女に相談してどうするんですか! それくらい自分で考えなさい」
「ううっ。 でも」


 額を摩りながら「きゅーん」と見上げる主上。
 くっ……しっぽの幻覚が見える!こいつわたしがこの顔に弱いと知って!


「し、しかたありませんね。 ではヒントを。 紅貴妃は大変な倹約家です。 身につけるもの、日々役立つものなどが良いでしょう」
「そうか!」


 そして彼が選んだのは国宝級のかんざしだった。
 ……王がその妃に贈ると考えれば妥当と言えるかもしれないけれど……。
 何故あのアドバイスで出てくるのがこれなのだろうか。
 しかしうれしそうに微笑む主上にそんなことを言えるはずはなく、「きっと喜んでくれますよ」と頭を撫でた。