麻痺した心は深く突き刺さった刃にも気が付かなかった

 世界は闇に覆われていて光なんて、鴛洵様を殺したわたしにはそんなものを見る価値はないのだ。


(だから逃げたんだね?)


 だが香鈴は違う。
 あの子に罪など無い。でも……どうしたらいいのかわからない。虚ろな瞳を夜空のように輝かせる為になら全てを捨てても良いのに。


(そうして自分を守っているんだろう?)


 わたしは無力だ。
 しかしその想いが心を闇に向け、茶州へ近づく程病みを深くする事に気がつかなかった。


(君とは波長が合いそうだ……ああ、でも。 残念だ、君は縹家の……)










 しかし光明は拍子抜けするほどあっさりと見つかった。
 威風堂々という言葉を体現したかのような人。
 ――縹英姫。


「其方が鴛洵の養い子じゃな」


 わたしにちらりと視線を向けて、「似ているな……」と呟いた言葉が妙に気にかかった。……誰と?などと聞く必要も無い。彼女は縹家の出身だ。ならば一人しかいない。
 英姫様は扇を閉じると、香鈴に歩み寄り細い肩に手をかけた。そして瞳を覗き込む。すると 今までガラス玉のようになにも映さなかった瞳に一縷の光が差した。


「香鈴!」
「其方はだまって見てるのじゃ」
「……姉様?」


 陰りがあるものの自分の意思を映す瞳。わたしは思わず香鈴を抱きしめた。


「ありがとうございます!」
「ふんっ。 己の方が重傷のくせしてよく言うものじゃ」
「は……?」


 わからぬのなら良い、それ、、 は妾にもどうにもならん。小さなため息をつき、英姫様は椅子に座りなおす。そして香鈴に向かって言った。


「其方その年で鴛洵を選ぶとは大したものじゃ。 あれは妾が選んだ彩雲国一の男。 しかし恋人としては最悪じゃ。
 ――苦労したな」


 その言葉に香鈴の瞳から大粒の涙が溢れた。
 きっとこれで香鈴は快方に向かうだろう。そう思った瞬間、嬉しさと同時に何故か憂鬱を感じた。
 しかしわたしはそれを振り払い英姫様に背中を向けた。しかし扉に手をかけた瞬間呼び止められる。


「其方冬姫の血縁じゃな」


 カチリとまるでゼンマイ式の時計が動き出したかのように何かがかみ合う音がした。


「――はい」


「そうか」と頷く声。その場所で一拍留まるも英姫様はそれ以上の言葉を発しなかった。




 そして私の茶州での暮らしが始まった。