「と、申します……」
何故こんなことになったのだろう。
なんだか妙ににこにこ笑顔で互いをつつき合う州府の人々に向かって頭を下げながら、内心で深くため息をついたのだった。
「其方の仕事はここにはない」
「英姫様!?」
その言葉に春姫さまも桃のようなくちびるをぱくぱくと閉じたり開けたりして驚きを表している。
「あの、できれば香鈴と離れたくないのですが」
以前と比べればだいぶ良くなったとはいえ未だ完全回復したとは言えない状況の香鈴を一人で放ってはおきたくはない。この子が英姫様の側付きをするのならわたしも……と思っていたのだが。
しかし英姫様は扇でしっしと払うような仕草をすると、
「良いから、言う通りにせい。 其方の働き口は妾が決めた」
と断言した。
そう言われては仕方ない、翌日彼女の指定するわたしの『職場』へと向かったのだが。
「英姫様からお話は伺っております」
柔らかな物腰で柔和な笑顔を浮かべた鄭補佐。
にっこりと笑顔を返そうとして、顔が引きつるのを感じた。何故だろう。いい人だと思うのに、笑顔が返せない。香鈴の前では、旧知の人達の前では笑えたのに、できない。
――なぜ?
「よう、俺は浪燕青。 よろしくな!」
ぽんと叩かれた肩に、振り仰げばそこにはがっちりとした男性。――想像していた無精髭はなく、精悍な顔に魅力的な笑顔を浮かべていた。
好感度は高い。でも、
「……よろしくお願いします……」
なぜか目を合わすのすら疎ましく面倒なことのように感じられて、消え入るような声で答えた。きっと暗い女だと思われた事だろう。でももう全てがどうでもいい。ここには香鈴がいない。あの子さえ笑ってくれればもう他の事などなにがどうなっても構わないと思った。
そして思考がそこに行き着くにあたり自分の心が酷く摩耗していることにようやく気がつく。
一体いつから?
香鈴の前では、古い知人達の前では笑えたから気がつかなかった。自分が笑顔を作る事すらできないほど傷ついていた事に。
しかし表面上を取り繕う事に慣れてしまったわたしには、最早どうすることもできなかった。涼やかな素振りで頭を垂れ、自分の名前を告げる。必要以上の接触をさりげなく避け、働く。そんな風に時間は過ぎていった。
救いなどいらないと思っていた。自分にはそんなものなかったはずだ。
しかし出会いは唐突にやってくる。