古縁

「あんたに蒼遙姫をやってもらう」


その言葉に惚けて。
時間の経過と共に、身体中の血液が沸騰するのを感じた。











茶州府執務室にて。
わたしは開口一番こう言った。


「休みください!」
「は?」
「蒼遙歌舞団で何かありましたか?」


ゆったりと振り返る悠舜様と食べかけの饅頭を落としかけた燕青。彼らの瞳には興奮に目が血走らせた女の顔が映っていることだろう。想像するだに怖い光景だ。というかレディーとしてどうなのかと考えなくもないが。
しかし気にせず勢い任せに燕青に詰め寄り、彼の顔がドアップに映ったところで頭を下げる。


「どーしても、一ヶ月後の公演に出たいの、その間お休みください!」
「秋祭りか?」
「ということは、本物でしたか」


燕青は腕を組み、唸る。しかし悠舜様は小さく頷いた。


「燕青、あなたの考えていることなんてお見通しです」
「……あー、いいぞ」


苦虫を噛み潰した様な視線を横手に送った後、頷いた。


「本当に!? 燕青大好き!!」
「おー、俺も好きだぞ」


抱きつき、ごっつい身体を抱擁。すると軽く抱き返したしなやかな腕。そして燕青の軽口に適当に頷き、悠舜様に頭を下げて。駆け出した。


「悠舜、お前あんな楽しそうな見たことある?」
「不服そうですね」
「そんなことねえけどさ」


後ろから悠舜様の忍び笑いが聞こえた気がして一瞬振り返り、すぐさま走り出した。
駆けて、駆けて、駆けて。


「揚羽、いいって!」
「それは良かった」


天幕に辿り着くなり声を張り上げた。


「蓮花と菫もよろしくね」
「「はーい」」


元気よく手を上げた瞬間ゆれた亜麻色と黒のお団子。駆け寄ってきた彼女らの頭を撫で、まじまじと見入る。
この子たちのおかげで舞台に立てる。
彼女達がわたしを選んだのだ。
異能者。
不可思議なる力を使い、裏からこの彩雲国を支え、あるいは乱してきたものたちの総称だ。
それが二人だと揚羽は言った。
正直術者って言うともっと陰険な感じか、英姫様みたいに厳格な存在だと思っていた。またはうちの祖母の様に不思議な雰囲気を放っているとか。
でも蓮花と菫はどこから見ても、ただの美少女にしか見えない。
能力は、『夢見』。夢に未来を見る異能力者。CLAMPの漫画みたいな力だと思った。それがわたしを蒼遙姫に指名した。
何故?
やはり何かの力が働いたのか。だって蒼遙歌舞団に祖母の、つまり縹家と血縁関係にあるわたし。いくらなんでもでき過ぎだ。
少しだけ縹家───縹璃桜に関係あるかもと警戒した。
しかし、


「縹家の血縁を迎えるのは、結成以来だよ」


揚羽の笑顔を信じることにした。というかメリットが見いだせない。
だが、縹璃桜と言えば。


「この子達が異能者だって簡単に教えていいの? 確か……」
「うちと縹家には古い約定があるから。 蒼遙歌舞団に属する異能者は例えそれが誰であろうと手出しできないことになっている」


蒼遙姫との約束。
名前を聞いたときから予想はしていたけれど、この歌舞団は彼女の縁者が作ったものなのだろうか。だけどそれを尋ねると、「秘密」と微笑み、口をつぐんだ。だから諦めて彼の言葉に頷く。
何にせよ、それならば今後わたしの身に何が起ころうと、彼らに迷惑はかからない。
そして頭上から聞こえた重いため息に振り仰いだ。


「天の邪鬼な娘だ」
「……飛燕さん」
「飛燕で良い」


腰に響く低音が呟き、立ち上がる。
わたしはそれを見送り、感嘆の息をついた。
おそらく彼は、私の心境と行動の意味を理解している。いやそれは飛燕だけではなく、揚羽や双子も同じで。彼らと接していると自分のこだわりがくだらないものに感じられてくる。いや事実くだらないのだが。
だって今の気持ちを一言で表すなら。


舞台に上がれるのが嬉しい。


それだけなのだから。
「舞台にでないか?」と問いかけられたら、「やりたい」と答える。それだけで済んでしまう様な話だったのに。
理屈をつけて、ややこしくしてしまうのは、素直になれないわたしの矜持。 だって実力を買われたわけでも、容姿に惚れられたわけでもないのが、ちょっとだけ悔しかったんだもの。