頭で理解することと、実感することは違う。
うん……、わかってたよ。
わかっているつもりだった。
「……そんなこともできないのか?」
でも結論から言うと、違った。
飛燕の言葉がぐさぐさと突き刺さる。悪気があるわけじゃないのはわかっている。だけど揚羽も止めてくれないし……いや、それこそ甘えだよね。
落ち込んだ。
「根を詰めるとかえって良くない」
桃色の瞳はそう言って優しく微笑み、休日を言い渡した。彼の優しさだ。わかっている。でもそれが一番ショックだったのも事実で。
稽古を初めて早一週間。
全然駄目だった。
ブランクって本当にあるんだと嫌と言うほど実感した。
演劇はわたしにとって趣味であり、特技であり、職業でもある……自負があっただけに気分の下降も激しい。よくない癖だとは思うけど、そういう時わたしは前後の記憶が曖昧になってしまう。
気がつけば茶家の片隅で、雑草を抜いていた。
「はぁー」
それが所謂、付け入る隙だらけに見えたらしく、
「道ばたのダンゴムシみたいだね」
憎らしいほどよく通る声が想像より近い場所から聞こえた。顔をあげるとそこには、猫のように細められた瞳。そして柔らかく揺れる髪があって。
中身を気にしなければ文句のつけようもない、美形がいた。
わたしは中身、気にするけど。
「出たな、駄目どら息子」
「ひどいね」
彼はちっとも傷ついていない顔で、綺麗に笑う。十人中八人までがころっと騙されてしまうであろうお顔。
だけどわたしは騙されない。───性格悪い美形なら嫌と言うほど知ってる。……どうしよう自爆だ。
気を取り直して、
「朔洵様、なんか御用ですか?」
「相変わらず敬意の欠片もないね。 一応君の主家だよ?」
「知ったことじゃありません」
克洵さまは主だけど、あんたは違う。
心の中でそっと呟くも、宇宙人には電波的に聞こえていたらしく、「弟にはあんなに優しいのに」と嘘ため息をつかれた。
そして無断で隣りに腰掛ける。するとふわりと香った女物の香。
その両方に、わたしは眉を顰めた。
「……なんで隣りに腰掛けるんです? 汚れますよ」
「君だって同じだろう」
体育座りで、ど器用に肩肘をつく。てゆーかわたしの膝につく。さーわーるーなっ。
しかし無視して、髪を一筋掬いとり、つと細める流麗な瞳。
「ねぇ、いつになったら私のものになってくれるの?」
「そうですね、東の果ての国に経文を探しに行った後、よく晴れた日に空からブタが降ってきたら考えてもいいですよ」
「つれないな……でもそういうところが、そそるね……」
そんな空事を言いながら迫る顔を押しのけて、立ち上がろうとした。だが彼は何を思ったか、わたしの腰に手を回し引き寄せる。
「ねえ」
顔が近い。
手前三センチの距離で、駄目猫が妖艶に微笑むのを見た。
「君は真面目だよね。 何事にも一生懸命で、できなくても仕方がないことを諦めない」
「よく、ご存知で」
「君のことならなんでも知ってるよ」
「わたしも知っています。 あなたは本当はできることをしないで、人に求めてばかりいる。 もしも……」
自分で動く気概を持てば毎日が楽しくなるかもしれないのに───と言いかけてやめた。
こういうことは、口で言っても伝わらない可能性が高い。それに酷なことだと思うけど、気づかせるのは秀麗ちゃんの役目だと思う。だから今は告げないし、追求もしない。
その後、寝台にお持ち帰りされそうになったので、走って逃げた。
毎回飽きない人だな。
ふと空を見上げる。するとあんなに悩んでいたのがなんだったのかと思うほど、馬鹿馬鹿しくも晴れがましい気持ちに包まれて。
宇宙人も、たまには役にたつんだなぁ、なんて呟いた。