きみが何を変えてくれたのか知っている?

そして地下牢を飛び出して関塞を歩き出した瞬間、


───がつんっ!!


「……っ! 痛ってぇ!!」


剣の柄で思い切り後頭部を殴りつけると、燕青が涙目で振り向いた。


「よくもわたしの克洵さまに酷い事言ったわね」
「仕方ないだろ、克のやつはあれくらい言わないとわからねぇって」
「なんですって!? 克洵さまを馬鹿にするなー!!」
、なんでもいいけどその格好で女口調だとオカマみたいだぞ」
「くっ……行くぞ」


声色をがらりと変え、睨む。すると彼はぴゅーと口笛を吹き、「何度見てもおもしれぇな!」と言って、にっかと笑った。それは暖かくて、勇気をくれる。
振り向けなかった。
恐怖、とは違う───ただ静蘭を目の当たりにして、視線が離せなくなることが怖い。
だけど振り絞って、


……」


肩が揺れないように、振り向く。
すると夜警の兵達が騒ぎ始める声が聞こえた。


「お前の腕を疑いはしない───だが、真剣相手に戦えるのか?」


感情の読めない表情で、心配……してくれたのだろうか。確かに彼の言うとおり、血腥いやり取りは苦手。
しかし、決然と視線を返す。


「当然! 宋太傅と先王陛下直伝の剣、見せてあげる」


今、ちゃんと笑えてた?
……鮮やかに微笑めたら良い。
次いで二人に背を向け、剣の柄に手をかけた。


「さて、じゃあいっちょ派手にやりますか。でもお役人様に怪我ぁさせるなよ?」
「わかってる。だが……だけは容赦しない」


“殺刃賊”静蘭はそう言いたかったのだろう。
ふわり、揺れる髪と気まぐれに細められた瞳が浮かぶ。もっと賢ければ良かった、高い能力を持ち合わせたかった、だけどできないから。わたしはひとつしか選ばない───ごめん、心の中で消える面影に謝罪した。
そして浅く息を吸い込む。


「茶州は、俺と悠舜の縄張りだぜ。 “殺刀賊”だと? バカが。 俺のいない間にのこのこ出てきやがって。 ───後悔させてやる」


強烈な悪寒に振り向きかけて、やめた。なんとはなしに、今の自分を見られたくないんじゃないかと思ったから。


「なあ静蘭、とっとと片付けて、姫さんたちと一緒しような! はあんま無理すんじゃねぇぞ」
「わかった」
「遅れたら、捨てていくからな」


静蘭は剣をすらりと引き抜く。
ぼそり、「だけ連れて行く」聞こえた気がしたが、それはきっと喧噪に紛れた都合の良い空耳なのだろうと思った。