透き通る指先

「野宿はもう嫌だ」


静蘭はすでに伸びている殺刃賊の一味を、追い打ちをかけるように無言で殴った。


「おいおい、そっちからネタ振っておいてそりゃないだろうが」


確かに朔洵と秀麗の結婚についての話を振ったのは私だ。だけど静蘭が怖いんだもの。
しかし燕青は無視して続けた。


「確か年は……」
「今年で二十九。 秀麗ちゃんと十二歳違いね」
「詳しいな」
「んっ……」


問いかけをはぐらかして、目を逸らした。
暢気な会話に見合わず、周囲は死屍累々の様相を呈している。二人とも強過ぎ。襲って来た殺刃賊を、あっという間にのしてしまった。


「ひいふうみい……雑魚ばかりだが十両にはなるか」
「あれ、姫さんの方には興味ない?」
「ない。 どうせ最初からまとまるはずもない縁談だ。 万が一まとまったとしても朔洵とかいう男、あっというまに吏部尚書に刺客を送られて、瞬殺でご破算だろう。 どうせ茶家の内情など黎深殿には筒抜けだ」


勤めて表情に出さない様に、首を傾げる。
確かに黎深様はコワいけれど、朔洵は違う意味で危ないやつだから、この場合どっこいどっこいだと思う。


「あっはっは。 ……それシャレじゃないところが怖いよな。 あの吏部尚書のお眼鏡にかなわなくっちゃ、姫さんの旦那にはなれないんだよなー。 うわーすっげぇ難関。 なあ静蘭?」
「余計な話を振る前に、縛り上げる手伝いしろ」
「へいへい」


次いで燕青は手際良く、賊の男たちを縛り上げていった。
そしてにやにやと笑い、秀麗の話を始める。
彼らと別れた後、一人で金華に向かう為にとった手段。自分の無事と足跡を残す方法。……見事だと思った。


、なに暗い顔してんだ?」
「ちょっと、髪が乱れるでしょ。 馬鹿燕青!」


高い位置でかき混ぜた腕を掴もうと躍起になる。
すると響いた低い声。


「燕青……」
「お前らおもしれぇな。 新州牧たちのそばで働ける日が本当に楽しみだぜ。 当然二人とも一緒にな」


目を見張った後、珍しく素直に頷こうとした静蘭。
だけどそれは蛇の様な声音に壊された。


「残念ながら、その日が来るのは諦めてもらおうか」


内心、「ゲッ、来たよ」と呻きつつも凍りついた彼の一歩前に出る。すると震える腕が包み込んだ。
耳元で囁いた声に、腰のあたりがもぞもぞする。


「お前は聞くな……」





「あいっかわらず変態だなー瞑祥のおっちゃん。 そろそろガタがきてるトシだろ。 いい加減バカなことやってねーで、とっとと失せろよ。 目障りだ。 ───ぶち殺すぜ」


耳を塞がれたのでよく聞こえなかった。
でもわたしは知っている……彼らの昔も、心の傷も。
会話の内容の想像はついた。
だけどそれは『読者』としての知識で、知られたくないと彼が望むなら……。





ゆっくりと身体の力を抜き、静蘭の胸に沈み込んだ。