野宿は嫌だ。
その言葉は暫定的に受け入れられて今宵宿に泊まる。
室は二つ。わたしと、静蘭・燕青。
早々に二人と別れ、自室の寝台に寝転んだ。
カビ臭い臭いが鼻につく。シーツはごわごわ、さすが中の下の宿屋。
でも久しぶりの一人の時間が嬉しかった。
「疲れた……」
思わず泣き言が口をついて出る。
怠惰な仕草で荷物から手拭を取りだし、枕に軽く巻き付けた。そして思い切り顔を埋める。
「つーかーれーたー!!」
足をばたつかせた。
静蘭と一緒にいると気を使う。いや違う。胸の鼓動が収まらず、隠すのに必死で。
「はぁ」
諦めなくちゃ。
優しくされたからって勘違いしちゃダメ。だって静蘭は秀麗のことが好きなのだから。
もうすぐ、元の世界へ帰ってしまえば顔を見る事すらなくなる。だから覚悟を決めなくてはいけない。なのに声が、表情が、それを阻むのは……。
寝返りを打つ。次いで天井を見つめてぼぅっとした。
一刻ほど過ぎた頃だろうか。
気配を感じた。
「遅かったですね」
「まったく、口さがない娘じゃな。 年長者を敬う気持ちを持てんのか」
起き上がり、視線を向ける。
「ようこそ茶州へ、霄大師。 例の準備はしてくださいましたか?」
「ふん、当然じゃ。 それにしてもお主、藍龍蓮とまでつなぎをとっていたようじゃかそんなにわしが信じられんかの」
「念には念を、です。 ところで……」
「鴛洵と話がしたいのだろう、当人からもうるさく言われておるわ」
山なりに投げられた指輪を受け取った。
そして───現れた幻影に目を見張る。
「久しいな」
二十代後半と思しき青年。やや神経質そうな顔立ちに痩せ気味の身体、しかし貧弱ではない。
驚いた。だって想像していた以上に……、
「……素敵……」
「どうした?」
「いえ、なにも」
ぶんぶんと首を振り、跪拝した。
若き日の茶鴛洵その人に。