そして彼らの気配が完全に去るのを待って、寝台に寝転んだ。
次いで回想する。
「もう、私のことを気にかけるな」
拾われ、育まれ、我がままをいっぱい言って、迷惑ばかりかけた。なのに恩ひとつ返さず、彼を死なせてしまった。
なのに鴛洵様はこともなげに微笑む。
「君を憎む事など有り得ない」
瞬間、心に風が吹いた。
克洵さまと出会った時の数倍の感動と激情、心に嵐が巻き起こり、ポロポロと涙が零れ落ちた。
「だって……わたし……ずっと鴛洵様に本当の事言わなかったのに……あなたの死を知りながら避ける事すら……」
「例え君に泣かれようとも、私は私の意思を通した。 気に病むな」
それは春風の訪れ。
「鴛洵様、ごめんなさい」
透き通った指先が涙を拭った。
わかってる、もう彼に触れる事はできない、だけど確かに。
「、笑ってくれ。 君には笑顔が似合う」
鴛洵様は優しい、だからこそ誓いは変わらない。
「そろそろよかろう、鴛洵行くぞ」
しかして彼らは消えた。
扉の外から喧噪が聞こえる。
耳を澄ませた。
少しの時間が経過した後、
「?」
ノックの音に寝台から身を起こした。次いで涙に濡れた頬を拭う。
「どうしたの?」
「……入るぞ」
開けられるとは思わなかった。開いた扉に慌てて立ち上がり、貧血を起こす。
歪む視界と近づいた床。
「っ!!」
しかし勢いよく駆け込んで来た静蘭は、顔面から激突しかけたわたしの身体を抱きとめる。
藍色の瞳が覗き込んで、顰めた。
「……泣いていたのか?」
言われて始めて、瞳が真っ赤に充血しているであろうことを思い出す。慌てて反らし、抱きとめてくれた腕から逃れた。
「ごめん、大丈夫だから!」
羞恥に頬が赤らむ。きっと酷い顔をしているに違いない。
寝台に座り込み、シーツで顔を隠した。
「何があった?」
無言で首を横に振る。
言えるわけがない。
だけど彼は何を思ったのか、
「……私がそんなに嫌いか?」
「へ?」
変な声を出して、振り向く。すると間近に綺麗な顔があった。
切なげに細められた瞳、剣を持つものならではの細いのにゴツゴツした指。
髪がさらりと肩口を流れ、甘い香りが誘惑した。
「……嫌い……か?」
「なにを……言って……」
「私は……」
近づく。
心臓の音すら聞こえてしまいそうなほど近く。
息が出来ない。
激しい動悸に胸が苦しくなった。
そしてくちびるに触れる直前、世界が停止する。
「……すまない」
どれくらい見つめ合っていたのだろう。
でも触れ合わないまま離れた。
静蘭はふい、と顔を逸らすと足早に室を出る。残されたわたしは、
「え……? ちょ、ええ!?」
一人寝台の上を転がり回る事となった。
足早に室を飛び出す。
静蘭は宿の裏口から人気のない通りに出、しゃがみ込んだ。
「私は、何をしようとした……?」
真っ赤に染まった顔と呻く様に呟かれた言葉。
口元を押さえて、延々と自己嫌悪に浸る男がひとり。