君が本当の……

静かに息を吸い込む。


「まったく、お祖父さまは始めて私の役に立ったよ。 君を妻にしろと命じてくれたおかげで、私は君に会いに行く気になった───まあそれだけじゃないけどね」


柔らかく笑んだ朔洵に、秀麗は眉を顰めた。


「あなたは───砂恭であったことから全部計算して───」


言葉を確認して、秀麗は朔洵の『特別』になったのだとひとりごちる。
そして「さみしい」と感じた胸の内に苦笑した。


「面白いね。 私は面白いことは大好きだが、今までさほど欲しいものはなかったんだよ───ごめん、嘘だ。 ひとつだけあった。 君に対するものとは少し違うけど。 ねぇ、そろそろ出て来てくれないかな? ……


瞠目し、振り返った秀麗の髪から、花簪を引き抜く。
綺麗な髪がサラリと流れた。
答えてゆっくりと歩き出す。


「朔洵、探し物は見つかった?」
「彼女は君の言った通りだったよ」
「……何故ここに……?」


大きく開いた瞳。
静かに歩み寄り、秀麗の隣りに並ぶ。


「ごめんね秀麗ちゃん。 でもあなたでなければダメだったの」


主人公だから、朔洵を救えるのは彼女だけだから。
考えて気がついた───これは、酷い差別だ。
わたしは彼女を物語の登場人物ではなく、血の通った人間として認めていない。 酷い話だ、彼女は慕ってくれる。なのに朔洵に対して人としての感情を持った。
恋愛感情ではない。
憐憫なのかもしれない。
でも簡単には切り捨てられない想い。
真っ直ぐ見つめると、淡い輝きを放つ瞳が柔らかく微笑んだ。


「ねぇ、君は私を甘やかしてくれたね。 その時間はとても楽しかったよ。 でも『特別』を知ってしまったから元には戻れない」
「うん、そう仕向けたのはわたしだ」


目を見張る気配に、掌を握りしめる。
───なんてエゴ。
秀麗に酷いことをしている。
でも一人を救うということは、誰かを切り捨てる行為なのだと気づいた。だとしたら優先順位はもう決まっている。
冷たい風が頬を撫でた。
扉が乱暴に開かれる音がする。


「待ち人が来たみたいだね」


狙ったかの様に、朔洵は秀麗にくちづけた。
飛び来る短剣を避けるため、後ろに飛ぶ。そして無言で会話の推移を待った。
知っている。彼がしたこと、これからすること。彼は善い人間ではない、でも。


「じゃあね」


ひらりと窓から身を踊らせた瞬間、目が合った。
甘えるように細められた瞳に、くちびるだけで告げる。


『ごめんなさい……さようなら』


すると朔洵は寂しそうに微笑んだ。









君が本当の姉さんだったら良かったのに