絡めた小指に

明日州都へ出立する。
わたしは行く。だが香鈴は、


(置いて行く事には賛成だけど……)


別れを告げるべきか、悩んでいた。
すぐに再会できるなら良い。「姉様の馬鹿!」と怒られて、謝って。
けれど二度と会えないとすれば……?
わからない、だけど予感がする。
彼女に負担をかけたくはない。
でも黙って去る事もできない。
苦笑を浮かべ、香鈴の室の扉を見つめた。
決心して、拳を振り上げる。
ノックをしようとして、


ゴン!


引き戸を開けた香鈴の額に衝突した。
時間が止まる。


「姉様、痛いです……」
「ごめん!!」


慌てておでこにかかる髪をはらい、殴打跡を診察する。幸い大した怪我にはなっていないようだ。問いかけると、「大丈夫です。 それより中にお入りになって」と促される。


「本当にごめんね」


寝台に腰掛け、膝を叩いた。


「な、なんですの?」
「膝枕、傷になってないか確認したいし、手当もしないと」


小首をかしげると、頬を赤く染め寝間着を整える姿が映る。次いで、


「はい」


膝にちょこんと乗った。


「昔は膝の上に乗るのが好きだったよね」
「そ、そうでしたか?」
「うん、礼儀作法の勉強が始まった頃からやらなくなったけどね」


思い出す。
香鈴はすぐ懐いてくれて、ちょこちょこついてきたり、お膝に乗ったり。それはもう可愛かった───今も可愛いけど。
考えながら、額に薬を塗る。


「香鈴」
「はい姉様」
「……もしも……もし、わたしがいなくなったらどうする?」
「……そんなこと考えたくありませんわ」


表情に影が落ちた。
養父である鴛洵様は既に亡く。香鈴が『家族』と呼べる存在はわたししかいない。しかしもうすぐ変わる。彼女はこれから本当に大切な人を手に入れるのだ。きっと新しい家族も。
だとしたら……、


「嫌です」
「ん?」
「嫌です」
「……うん」


わたしは不要になる。
悲しいけれど、嬉しい。わたしがいなくても、大切な人と支え合って強く生きる。
信じよう。
懐から香袋を取りだした。


「昔話をしてあげる。 違う世界へ流された女の話」
「……申し訳ありま……せん、急に眠気が……」
「いいよ、眠りながら聞いて」


そしてゆっくりと語り始めた。
中天に輝く月が地平線に近づくまでそっと。