疾走

「なな彰、お前って馬乗れたっけ?」
「まあ、それなりには」
「お姉様の邸に行っていい? ってか行くとこねーから行くからな。 あとは彰の後ろな」


封鎖令を押し切っての開門。
守備兵と入れ替わっていた茶家の私兵は殴って転がされた。


「いいけど、でも」


言葉は最後まで紡げない。燕青の目配せを受けて、静蘭は剣を一閃させた。馬車と四頭の馬をつなぐ紐を切り飛ばす。そして燕青は影月を、静蘭は秀麗を抱き上げると自由になった馬に押し上げた。


「あなたは自分で乗れるでしょう? さっさと乗ってください」


彰の言葉を無視して、残り一頭に飛び上がる。
彼の荷物になるよりは、その方が良いと思った。


「自分で乗る」


高くなった目線に乱れかけた心を落ち着け、馬の横っ腹を思い切り蹴った。土埃をあげて駆け出す駿馬。三頭に置いて行かれない様、苦心しながら馬を繰る。
風を切る感触。
流れる景色。
ようやく見えた凛姫の邸。
着いた瞬間、疲労で崩れ落ちた。


「……水っ」
「大丈夫か?」


燕青が差し出した水を奪う様に受け取り、のどを潤す。
次いで彰の問いかけに答えた。


「大した馬術です、一体どこで習得されたのですか?」
「……どこというほどのものではありません」


お茶を濁すために、薄く微笑む。
───先王陛下に仕込まれましたなんて言えないし。


「……今回は見逃して差し上げましょう。 一銭にもならなそうですしね。 さあ、どうぞ。 多分姉からの分厚い置き手紙が待っていることと思いますよ」


馬を庭の灌木につなぎ邸に足を踏み入れる。
柴彰の予言通り、それは見るからにずっしりと重そうな手紙だった。しかも『二人の新州牧様へ』との表書き。感嘆のため息をついた。


「凛姫って本当にすごい」


商人に必須の能力は正確に先を読むこと。
柴彰の言葉を聞き流しながら、周囲を眺める。
茶州全商連の後援を得る為の条件。柴彰の判断。
再び新州牧───秀麗と影月君へのテスト。
凛姫からとは別の、招待状。


『一族うち揃って厳正なる当主選定をとりおこない、選出された一族の者をもって即日茶家当主就任の儀を執り行う由。ついては晴れがましきその儀にぜひとも新州牧にご臨席及び承認を請い願いたく、ご来訪を心よりお待ち申し上げる』


聞いた瞬間、ため息が口をついて出た。
鴛洵さまの苦労が忍ばれる。改めて茶家制し導く英姫様の能力が凄まじいのを知った。
そして祈る。




「鴛洵(わたし)に克つ。 と名付けられた者がいる」