フェードアウトにはまだ早い

静蘭は自己嫌悪に陥っていた。


「あなたはわたしを好きじゃない」


言わせてしまった。
泣かせてしまった。
いつもそう。彼女の泣き顔ばかり記憶に残る。
あの時も、今も。


「じゃあ静蘭は秀麗から離れられる? わたしを選んでくれる?」


同じ間違いを繰り返す。
君を選ぶと言えたら何かが変わっていたのだろうか。今度こそ、思っていたのに───女々しい思案に自嘲的な笑みが浮かんだ。
お嬢様のことは本当に大切に思っている。どん底にいた自分を屈託ない笑顔で救い上げてくれた。だけど燃え上がる独占欲で、閉じ込めて私だけを見ていて欲しい。思うのは彼女だった。
けれど茶州で再会したはどこかよそよそしくて、


「私は、」


夜空を見上げた。
だが中天に在る月は何も答えず、


「何してんだ?」


聞こえた声に青筋を立てた。


「お前には関係ない」
「そう言うなって」


ニカっと笑い、肩を叩く男。
燕青をジト目で見て、逸らす。


「なんだ、に振られたのか?」
「なんだと!?」


刺された図星に掴み掛かった。


「やっぱりか。もどこ探してもいねぇしそんなこったろうと思ったぜ」
「……なっ!」
「なんでそう似た者同士なのかね」


「お前らはまったく」言葉に、毛を逆立てな猫のごとく怒り狂う。
しかし燕青は受け流し、肩を組んだ。


「離せ!!」
「とりあえず酒でも飲もうぜ」


ジト目で睨む。
屈託ない笑顔に馬鹿馬鹿しくなり、肩の力を抜いた。


「どこから盗んで来た」
「ホント静蘭は口わりぃな。ちゃんと断ってもらってきたっての」


そして促されるまま適当な室を陣取り、床に座り込んだ。


「で、なんで振られたんだ?」
「違う!! そもそも先に私に惚れたのはだ」
「へぇ」
「事実だ」
「へいへい、で?」
が勝手に私に惚れて……離れた。あいつはいつもそうだ。一人で決めて、勝手にいなくなる。今回だってそうだ。あんな顔で嫌いって言われて納得できるわけが……」
「じゃあ静蘭がちゃんと捕まえないとな」


燕青は頭を掻き、ため息を付く。


はほら、逃げ癖あるからさ。それに自分のこと強いと思ってるっつーか、危なっかしいんだよなぁ」
「逃げ癖?」
「……あー。が茶州へ来たばかりの頃の事聞いてるか? いっつも虚ろな顔でぼんやりしててさ。……泣きたいのに泣けないってああいう顔なんだって思った」
が?」
「静蘭、本当にあいつの事知らないんだな。怒るなよ。が克洵のこと慕ってる理由だって知らないだろ?」


『克洵』眉間に皺が寄る。


「んな顔すんな。に惚れてるなら克洵に感謝しないといけないくらいだぜ? あのままじゃ危なかった。そういうこと全部、お前わかってないだろ」
「知らないのだから当然だ」
「じゃあ聞けよ。変なのはわかってたんだろ?」


目を見開き、固まった。


「他人なんだから、言わないでもわかってもらおう、わかる、なんて甘すぎると思わね? もお前も仙人じゃないんだから話さなきゃわからないだろうが」


反論しよう口を開いた。だけどできなかった。
すると燕青はは腹立たしいまでに爽やかな笑顔を浮かべる。


「惚れてるんだろ? だったらちゃんと聞いて、支えてやれ。は弱くはないけど強くもないからな。誰かが守ってやらないと簡単に壊れる」


並々と酒の注がれた杯を持ったまま、床を見つめた。
夜風が窓を揺らし、静かな時が流れる。
濃い酒の香りが鼻についた。
しかして一息で煽る。


「わかった」


ただ決然と。