一陣の風が抱き締めていった

縹冬姫───祖母はかつて蒼遙姫の生まれ変わりと呼ばれていた。その身体には二つの魂が内包され、絶大なる異能を秘める。
『冬姫』と『蒼遙姫』それは共に力ある者の名前だった。
しかし術者の呪いと世界を渡ったことにより後者は封じられる。そしてわたしに受け継がれた。
冬姫は蒼遙姫を恐れた。
だが、

『ほんにそなたは昔から変わらぬ。紫仙と良い勝負じゃ』
「……なんだと!?」
『おほほほ、怖いの』

着物の裾で口元を隠し笑う美女。
わたしは不思議と彼女を怖いとは思わなかった。蒼遙姫は茶仙を睨み、次いで霄太師を一瞥し、最後に振り向き微笑む。

『こうして会うのは初めてだな。この阿呆のしでかしたことほんにすまなかった……他のことも色々とな……お前といい冬姫といい子孫には迷惑をかける』
「……蒼遙姫?」
『秋の演舞、素晴らしいものだった。妾は慰められたぞ。ほんによい子じゃ』

秋の?でもそれは。
問いただそうとしたけれど、轟音に遮られた。笛の音がそれを制して空間を席巻する。顔面に向かって吹いた強い風に思わず目を閉じた。
蒼遙姫の声が徐々に遠くなる。

『バカなことをしたもの』
『そうかな?君がこうして会いに来てくれた。僕にとってこれ以上に意味のあることはないよ』
『妾は永久に兄上のものだと何度言えばわかるのか。死しても待ち他者に迷惑をかけるとは……全くもって情けない』
『でもこれからはずっと一緒にいてくれるんだよね?』
『そなたの魂の浄化が終わるまではな』
『十分だ。ありがとう』

会話が終わるのと同時に、ガラスの割れる甲高い音がした。

「掴まれ!」

霄太師の言葉に抱きつく。
次の瞬間、強烈な突風が吹いた。
全身がバラバラになってしまいそうなほどの烈風。
しっかりと捕まり、やり過ごした。

「もう大丈夫だ」
「……はい」

目を開くとそこには何もなかった。
茶仙と蒼遙姫は影も形もなく、不可思議な空間はかき消え。
視界に見慣れた木立と大きな池がうつる。ここは、茶家本邸。
数歩離れた場所に藍龍蓮の笛が落ちていた。
遠い場所へ視線を向ける霄太師。

「逝ったか」

目前を艶のある黒髪が流れる。愁眉を開き、瞳を閉じた。
腕が強く肩を抱く。

「彼らは?」
「……茶仙はとっくの昔に死んでいた。茶家を蝕み闇を振りまいたのはやつの亡霊。それを蒼遙姫が浄化した」
「では彼女は?」

彼は私を見下ろし、首を横に振った。

「生きてもいない人間が無茶をしたのだ。しかしあれほどの異能を持つ魂だ。輪廻の果てに戻ってくることもあるだろうが……百年や二百年では無理だろう」
「……そうですか。ではわたしの異能も」
「ああ、お前の力は本来蒼遙姫のものだからな」

うなずき、地面を見据える。
異能が消えた。
肩が軽くなったような、あるいは手足をもがれたような感覚。
胸元にある最後の『異能』冬姫の扇子に触れる。
霄太師の腕を放した瞬間、涙が手の甲に落ちた。
梢が鳴る。

『我が子らよ、強くあれ』

一塊の風に乗って、声が聞こえたような気がした。




解説