「」
かけられた声音の優しさに、肩が揺れた。
振り向くと綺麗な顔に柔らかい表情を浮かべた静蘭がいて、
「気持ち悪いっ!」
わたしは恐怖に打ち震えた。
途端彼の表情が引きつる。
口角が笑みの形のまま痙攣し、コメカミに青筋が浮かんだ。
「……」
声に強い圧力がかかる。
いつもの静蘭だ。
好きな相手の優しさではなく怒りにほっとするなんてどうかしている。思いながらも肩の力を抜いた。
すると真剣な瞳が覗き込む。
「突然いなくなるな、ずいぶん探した」
「ごめんなさい。でもその、色々とあったから……ごめん」
頷く、手を伸ばし歩み寄ってくる。
わたしは反射的に一歩下がった。
静蘭の指先が震えている。ついでに頬も。
もう一度近づいてきたので同じ距離だけ後ろに下がった。
「……逃げるな」
「え、やだ」
少し顎をあげて視線を合わせる。
怒りを我慢して深呼吸をする美丈夫が映った。
「……何故だ」
「なんでって言われても」
近づいてくるから?
答えるとがっくりと項垂れ、次いで一気に距離を詰めてきた。
「静蘭!?」
欄干間際に追い詰められ、庭院に落ちかける。しかし力強い腕が抱きしめわたしの顔が胸元に埋まった。
背中に回された腕が抱きしめる。
静蘭の匂いがした。
途端に高鳴る心臓。
鼓膜が破れそうなほど大きな音で脈打って、身体が熱い。
「せ、静蘭。なんで?ここは茶本家できっと今頃燕青と影月君も茶家当主選定式で、その、急いだ方が……静蘭?」
突然飛び込んで、朔洵との勝負を邪魔した。
用意した毒入りの酒杯を蹴り倒し、朔洵を助けた。静蘭は朔洵を憎んでいる。その怒りは正当なものだ。
だから突然現れたことに対する誰何、自分のもくろみを壊された事への罵倒を受ける覚悟をしていた。
なのに優しく抱きしめてくれる意味は。
うっかり次元の狭間に発つ前言われた言葉を思い出してしまった。
あれはもう終わってしまった話で、彼も秀麗が手元からいなくなってしまったことが寂しいだけで……だから。
静蘭は秀麗が好き。それでもわたしは彼が好き。
ずっと好きで大好きで、叶わないとわかってはいても消せなかった。
長年抱えた恋慕は怨霊のごとく取り憑いて簡単には解放してくれない。
───それももうすぐ消える。
お別れの時が近い。
冷えかけた思考。だというのに、
「。よく聞け」
次の言葉で消し飛んだ。
「お前が好きだ」
「好き」の部分で声が裏返った。
あの静蘭が。
完璧主義者でかっこつけでお嬢様至上主義で人に弱みを見せるのが大嫌いな彼が。
目を丸くして顔を上げると、恥ずかしそうに顔を覆う手のひらが見えた。隙間から見える顔は赤い。
混乱に拍車がかかる。
期待が膨らんでしまう。
「お嬢様のことは大切に思っている。だが共に生きたいのはだ」
返事ができずに口を酸欠の金魚みたいにぱくぱくさせていると、何を思ったのか言葉を重ねた。
「知っていると思うが羽林軍は給金も良い。生活にはには困らせないしがどうしてもというなら紅家の邸を出ても……旦那様にはお世話になってるからできれば給金からせめて邸の修繕費を出したいし紫州に戻ったら邸に一緒に住んでもらえると……しかし重ねて言うがお前がイヤだと言うなら邸を出て二人で暮らしてもいいと思っている」
早口に付け足して、思い切り目をそらされた。
三回瞳を瞬いて、風が梢を鳴らす音を聞く。
……え?