それでもと考えてしまうのは愚かですか

混乱した。
だってこれって静蘭が、つまり……その。

「せ、静蘭」
「なんだ」

顔が近い。拘束する腕に力がこもる。
眉間に皺が寄った。
次いで濃紺の瞳が切なそうに細まる。
全身が心臓になってしまうかと思った。

「は、離して」
「断る」
「わたし、このままだとなんて答えたらいいのかわからない……」

口ごもると力が緩んだ。
息をついて後ろに下がろうとすると、

「……え?」
「文句があるのか」
「ナイデス」

両手をしっかり握られた。
向かい合って手を繋いでる。なんだかお手をしているみたいで恥ずかしい。
うつむいて、床の木目を数えた。
風が通り過ぎる。
息を吸い込む音が聞こえた。

「私が信用できないか?」
「……そうかも」

素直に呟き、少しだけ視線をあげる。
そこには般若がいた。
肩を揺らし再び顔を下げるとため息が落ちて、手のひらが優しく頬を撫でる。
顎に指がかかり上向けられた。
視線が絡む。
銀糸の髪が揺れた。長めの前髪から覗く瞳には緊張が浮かんでいる。
しかし彼は躊躇わず言葉を重ねた。

「信じられないのなら何度でも言う。お前が好きだ。できることなら他の男に見せずどこかにしまっておきたいほどに。だががそれを望まないことくらい私にもわかっている。……できうる限り大切にする、だから一緒になって欲しい」

美声が脳内で反響する。
口の中が乾いた。
瞳に宿る光は真剣で、冗談や酔狂で言っているわけじゃない。痛いほど感じた。
でもどう返答したら良いのかわからなくて、口を開き、閉じ、また開き、繰り返していたら。

「いい加減返事をしろ!うんと、いいです、どちらだ!?」

逆ギレされた。
しかも答えが両方一緒!?
なんだか笑ってしまった。憮然とした顔に向かい合う。

「わたしも静蘭のことが……」

顎を心持ち上向かせ視線を合わす。
発声するために息を吸い込んだ瞬間、





『捕まえた、私の冬姫』






喉の奥に氷が張りついた。
『声』が鼓膜を揺らす。
心臓を冷たい手で掴まれる。
世界が黒く染まった。

「あ……」
!?」

すごい力で腰を掴まれ、背後に引き寄せられる。
息が出来ない。
腰に巻き付くのは縹色の着物と白い腕。
どうしても力が入らなくて繋いでいた腕がほどけてしまった。必死で繋ぎ直そうとしてくれているのはわかったけれど、どうしようもなくて、最後に指先が触れる。

ようやく素直に好きって言えると思ったのに。

驚愕の表情で手を伸ばす静蘭が映った。
でも声が引き離す。

「ようやく会えたね」

既に下半身は真っ黒い何かに覆われていた。
耳元で流麗な声が囁く。
綺麗なはずのそれが、怖くて仕方ない。
ついに腰まで闇に沈んだ。
わたしは彼の名を呼ぶ。

「縹璃桜」

怖くて振り向けない。なのに彼が微笑んだのを感じた。

「助けて……」

涙が頬を伝い落ちる。
静蘭が必死の形相で叫び、

ーっ!!」

腰の佩刀、干將を引き抜いた。