死ねないひとへ

白刃が一閃。
薄縹色の衣がわたしを包み込み、ふわりと浮いた。
干將が着物の裾を切り裂き、透明な手錠を砕く。ガラスが割れる硬質な音が響いた。同時に砕けた手錠からむせ返る様な薔薇の香りがして、部屋の空気を一変させる。

「……危なかった」

鎖と一緒に切られるかと思った。
呟くと璃桜が抱きしめる。
静蘭が鋭い視線を向けるのが見えた。
あっという間に薔薇の芳香は消え、敵意と緊張感漂う空間に投げ出された。
口火を切ったのは縹璃桜。

「私の冬姫に傷をつけるつもりかい」
「黙れ。それは断じてお前のものではない」

首を絞める男と、もろとも切り捨てそうになる男。しかも『それ』扱い。どっちもどっちだと思いながら、口元が緩むのを止められなかった。
濃紺の瞳が睨む。そこに迷いは一片もなく、決意が彼の美貌に磨きをかける。
───静蘭がわたしを助けに来てくれた。
呼びかける。

「静蘭っ!!」
「心配するな、今すぐ助ける」

視線が絡み合う。
ずっと好きで、大好きで、諦め切れなくて。こちらを向いてくれた時には疑心暗鬼に陥っていた。
だけど追い掛けて来てくれた。
誰より、秀麗より、わたしを選んで。
頬を大粒の涙がこぼれ落ちた。
すると肌触り良い着物が頬を拭う。

「その男に泣かされたのかい?」

璃桜は言う。
問いかける表情からは狂気がぬぐい去られて、透明だった。白くて綺麗な人。
彼はどこで間違えてしまったんだろう。
冬姫と出会った日、愛した日、失ってしまった日?
……違う。
諦められなかったから。
愛が妄執に変わってしまった。

「君は誰にも渡さない」

ふいに気づいた。
彼とわたしは似ている。
だからだろうか、酷いことをされても憎めない。けれど、

「いいえ」

透明な表情が歪む。

「私はあなたのものではない」

再び修羅が宿る。
それは鏡に映る自分の顔の様だと思った。