二度目のさよなら

視界が縹色に染まる。
柔らかい衣が頬を掠った。
同時に手首に力が籠もる。跡がつきそうなほど強く手首を握りしめられた。
しかし命じる声には生気がない。

「その男を殺せ」

狂気すら消えて淡々と命じた。
彼が小さく腕を振ると人影が現れる。
背格好のよく似た彼らは真っ白い装束を纏っていた。同じ動作で剣を抜く姿は、たちの悪い芸術作品を見ている様。
暗殺傀儡。
美しくて、吐き気がした。

「静蘭!!」
「大丈夫だ、待っていろ」

腕を伸ばす。それは璃桜の指に絡めとられた。

「……どうしても?」

腕を引かれる。白銀の髪が流れ落ちる。
暗殺傀儡に命令を下した瞬間はなにも写していなかった瞳が、不規則に揺れていた。
───私を愛して。
無言の言葉が聞こえた。
次いで思う。
血のつながりのせいだろうか、この人と祖母は少し似ている。
瞼の裏に雷が映った。
祖母が亡くなった日を思い出す。
小学校を早退して祖父母の家に行った。
死ぬには早すぎると母は泣く。でも深く皺の刻み込まれた顔は笑った。

「孫の顔まで見せてもらったのだもの。悔いはありません」

祖父は普段よりもっと怖い顔で布団の側に正座をし、畳を見つめていた。
息の詰まる空気に圧倒された。理解できなくて目をそらす。
けれど自分が呼ばれたことに気づき顔を上げた。
枕元に近づく。
祖母はわたしの顔をじっと見つめて、少しだけ申し訳なさそうな顔をした。

ちゃんにはいつか迷惑をかけてしまうかもしれない」
「迷惑?」
「ええ、迷惑。おばあちゃんの後悔、その精算をあなたにさせてしまうかもしれないわ。少しでも、手助けできたらいいのだけれど」
「……?」

長い息を付く。
それ以上なにも言わずに頭を撫でた。
最後に傍らの祖父に視線を向ける。
彼は一言も発さず、祖母は優しく微笑んだ。

「あなたと出会えて良かった」

眉毛がぴくりと動く。
だけど小さな言葉はわたしと祖父以外届かなかったようで、すぅーっと息を吐き出しそのまま動かなくなった祖母に、

「お母さん!!」

母が声を上げて泣いた。
呆然とそれを見ていた。
そして葬儀から三日後、祖母の遺言により綺麗な扇を譲り受けることになる。
遺品と謎の言葉を残して彼女は逝った。あの言葉の意味を知ったのはつい最近のことだ。
祖母も璃桜も言葉が足りない。
だから後悔とはつまり、

「あなたは祖母に選ばれなかった。彼女が愛したのはわたしの祖父です」

あやふやにして去ってしまったこと。
縹璃桜の愛は狂っている。
だけど狂わせた一端は祖母にある。それを祖母はわかっていた。
何も言わずに見つめたあの時、「お兄様の気持ちを粉々に壊してほしい」多分そう言っていた。
璃桜も祖母も自己中心的だ。なんてよく似た兄妹なんだろう。人の迷惑も少しは考えて欲しい!

「……それが、なんだと言うんだい?」

能面が貼り付く。

「君は私の冬姫だ」

強い力で肩を掴まれた。
璃桜のことは嫌いではない。でも愛していない。

「いいえ、わたしもあなたを選ばない」

視線に力をのせた。

「だって静蘭が好きだから!!」

みんな勝手だ。
だからわたしもわたしの愛を選ぶ。