蹴散らせ

*静蘭視点


彼女はいつだって唐突だ。
男装の少女として出会い、女官姿の女と再会した。
出会いと突然の別れの繰り返し。
始めは呆れた、しかしいつからか衝撃が愛へと変わった。

!」

叫ぶ。
轟々と、風がうなり声を上げた。漆黒の髪が舞い上がり、潤んだ瞳が見つめる。
彼女は美しい。
彼女は強い。
彼女は脆い。
黙っていれば何でも一人で解決しようとしてしまう。一筋の涙を残して、腕の中からすり抜けてしまった。
だから今度こそ捕まえる。
後ろ髪引かれる気持ちがないと言ったら嘘になる。
秀麗お嬢様、劉輝。
けれどお嬢様は満開の桜だ。傷ついても立ち上がり人々を包み込む花になる。劉輝を支えてくれる。
だがは違う。
荒天の中堪え忍ぶ一輪の花は、手をさしのべて守らねば散ってしまう。
決してそんなことはさせない。両手を差し出し包み込むのは私だ。
身命を賭して守り抜いてみせる。
───だから必ず取り戻す。
彼女を捕らえる腕を切り払うべく、足を踏み出した。途端に襲い来る暗殺者ども。

「ちっ」

しつこい!
一人倒し、もう一人と対峙した。
手練れを相手に無傷というわけにはいかない。手足に裂傷が走った。しかし気にならない。
彼女の為ならどんなことでもできた。
全身の血が燃えるように滾り、力が溢れた。

「どけえええ!!!」

斬る。
血しぶきが舞う。
そしてまた。
ついに最後の一人を切り伏せた。
勢いのまま璃桜に肉薄する。
しかし璃桜の視線はから動かない。
彼女が振り向いた。

「静蘭っ!」

悲喜こもごも混ざり合った表情。
大輪の笑みに変えるべく向かう。
私はその為だけにここに来た。
干將を突き出す。
その時、

「どうしても、解ってくれないんだね」
「逃げて!」

瞳が驚きに見開き、叫ぶ。
次の瞬間、びりびりと鼓膜が震えた。
空間が裂けた。
別の世界への入り口。が連れ去られたときと似ているようで少し違う。
あの時のように黒い靄に包まれたのを見て、追いかけ飛びこんだ。

「くっ!?」

飛び込んだ途端、右頬が切り裂かれた。
次いで右腕に裂傷が走る。さらに脇腹を通り抜ける痛みと闘った。
単なる傷ならここまで衝撃を受けない。魂ごと切り取られていくような、奇妙な不安を感じさせる痛みだった。
しかし干將が輝き、全身を淡い膜で覆う。襲い来る痛みが治まった。次いで光量が増し、弾けるように漆黒の空間を照らし出す。浮かび上がったのは璃桜と腕に抱かれるの姿だった。
干將が光の道を作る。
すると男の視線がようやく私を捉え、冷たく笑った。

「へぇ……それはもう使い物にならないはず……だったよね?縹家への道もそれで作ったのか」

黒檀の瞳が見下した。睨み返すと、余裕たっぷりに笑う。
腹立たしいが、言わんとすることの意味はわかった。
干將は縹家の夫婦がひとつの石から作った双剣の一であり、かつて異能で王を助けた、それを言いたいのだろう。
けれどそれは既に失われた───はずだった。
だが現に干將は縹家への道を開き、黒い世界を照らす光となっている。

「腐っても蒼玄の血、ということかな。失われた宝剣が力を取り戻すとは」

じっとりと品定めする視線を感じた。
鋭く見返すと、薄ら笑いが迎える。
周囲ごと歪める暗い笑顔。
傍らに視線を移して、眉根をぎゅっと潜めて見つめるに頷いた。

「私の冬姫を視線で汚すな」
「ふざけるな、はそんな名ではないし貴様のものでもない」
「若造が。何も知らないくせによくそんなことを言えるものだ」
「……何?」

鼻先で笑われた。
腸煮えくりかえる。
だがが慌てた様子で璃桜にくってかかり、無理矢理口を塞がれたのを見て叫ぶ。

を離せ!」
と気軽に呼んでくれるな。この娘は異世界から連れ戻した正真正銘、私の姫なのだから」
「……異世界?」
「そうさ、彼女は我々とは違う世界からきた。根本的に君とは違う存在なんだよ」
「璃桜!!」

がぶりと璃桜の手を噛んで、叫んだ。
妙に嬉しげな璃桜が気味悪いしムカつく。
が不安そうな顔で振り向いた。

「静蘭」
「……案ずるな」

ふっと微笑む。
笑う余裕があった。

「私は惚れた女を取り返しに来たけだ。異世界?そんなことで冷めるほど浅い気持ちでここまで追いかけて来るものか」

言って一気に光の道を駆ける。
全身の裂傷から血が滲み流れる。気にとめず駆けた。
雄叫びと共に干將が淡く輝く。
刀身に蒼い炎が宿った。
途端、余裕の態度が崩れ飛び退く璃桜。
追いついた。
漆黒の瞳が驚愕に見開く。
下段から切り上げ、着物の袖と髪の一房を奪った。

「なにっ!?」
!!!」

叫びで驚愕の声をかき消した。
璃桜の腹部を蹴り上げ、を奪い取る。
視界を黒髪が流れ、透き通るように白い肌。黒曜石の瞳が輝いた。
抱いたまま飛び退く。
そして向かい合った。

「静蘭っ」
「ようやく……捕まえた」

場所も時間も忘れて抱きしめた。
最初力加減を間違えて、「ぐえっ」といううめき声が聞こえる。慌ててやんわりと背中に腕を回すと、「……バカ」と言葉と共に抱き返してくれた。

「お前が相手だと、うまくいかないことばかりだ」
「……それってわたしが悪いって言いたいの?」

じと目で睨まれた。
背中に回された腕が、衣をぎゅっと掴むのを感じる。

「それだけ……好きだということだと……受け止めろ」
「我が儘」

でもそんなところも、好き。
蚊の鳴くような声で呟いた。
だから返事をする。

「声が小さい」
「静蘭は大きすぎる!!」

白い肌が内側から赤く染まる。
くっくと笑いを噛み殺し、髪を撫でた。
もう一度抱きしめようとして、

「三文芝居はそこまでにしてもらおうか」
「……璃桜」
「邪魔をするな」

悪鬼のごとく揺れる白髪を見た。
そして、彼の肩の力が抜ける。
クツクツクツクツ。
心のこもらない笑い声が黒い空間に響いた。
突然止まって、

「もう、いい」
「璃桜?」
「もう……いいよ、冬姫」

散る直前の花。
はかない雰囲気を纏って、

「手に入らないのならいらない」

壮絶に微笑んだ。