世界で一番のお姫様−尽ちゃんと一緒!−

前編

尽ちゃんはわたしの王子様だった。
いつでもニコニコ笑っていて、抱きつくと頭を撫でてくれ、泣けば慰めてくれる。
だから幼稚園の時、ママとおばちゃんの話を聞き飛び上がって喜んだ。

ちゃん、大きくなったら尽八のお嫁さんにならない?」

おばちゃんの言葉になんて返したのかは覚えていない。でもその時、私は尽ちゃんのお嫁さんになることを決めたのだと思う。
それから毎日ママの手伝いをして花嫁修業もがんばった。
そして今年で小学三年生。
は立派な中学年になったのだ。
尽ちゃんが高校で寮生活をするようになって以来、ほとんど会えなくなってしまったけど大丈夫。
尽ちゃんのお嫁さんになるまであと六年。
いっぱいがんばって、素敵なお嫁さんになるのだ!
……でも最近気になることがある。
お正月休みに尽ちゃんがお家に帰ってきたときのことだ。
お年賀の挨拶をして、一緒に遊んでいた。その時、尽ちゃんの携帯電話が鳴る。途端に尽ちゃんの顔が明るく輝いた。

「巻ちゃん、そっちから電話をくれるなんて珍しいじゃないか! え、オレからかけた? 何を言ってるのかわからないな!」

楽しげにワハハと笑った。
尽ちゃんは楽しそうだ。だから私はムクれた。
頬を膨らませていると、戻ってきた尽ちゃんにつつかれる。

「そんなに頬を膨らませると、可愛い顔が台無しだぞ」

軽くしゃがんで私と目線を合わせ満面の笑み。
ご、誤魔化されないんだから。
それでも頬が赤らんだ。
尽ちゃんの浮気者。
でも尽ちゃんかっこいい!



そんな事があってから数ヶ月。私は今、箱根学園の正門前にいる。小学校とは比べものにならない大きな校舎に足がすくんだ。
けれど勇気を振り絞る。
打倒巻ちゃん!
将来の奥さんとして、他の女に大きな顔をさせるわけにはいかない。ママには内緒でお小遣いを持ってここまで来たけど……尽ちゃんはどこにいるんだろう。
手を繋いだ制服姿のお兄さんとお姉さんが不思議そうにこちらを見た。
怖くなって大きな柱の陰に隠れる。
零れそうになる涙を堪えて尽ちゃんを待った。

尽ちゃん、尽ちゃん、尽ちゃん……っ。

すると、女の悲鳴が聞こえた。
ビクリと肩を揺らして、恐る恐る柱から顔を出す。しばらく様子を見ていると、制服を着たたくさんの女の人たちと、尽ちゃんが出てくる。

「きゃー! 東堂様、いつものやってえ」
「うむ!」
「「「きゃー!」」」

黄色い悲鳴に身体を縮こまらせた。
小さい声で、「尽ちゃん」って呼んでみたけど振り返ってくれない。
少し迷った後、思い切って大きな声で叫んでみたけど尽ちゃん達は遠ざかってしまった。

「尽ちゃん!!」

慌てて柱から飛び出し、正門をくぐる。
驚いた顔をしたお兄さんはお姉さんとすれ違った。一人のお兄さんに捕まえられそうになり怖くなってすり抜ける。

「ちょっと君!?」

むちゃくちゃに走って、走って、走って。
気がつくと校舎裏にいた。
人の気配もしない。
ペタリと座りこんで、泣きそうになった。

「……尽ちゃん」

泣かない。
はもうお姉さんだもん。尽ちゃんのお嫁さんになるんだもん。
ぐっと涙を堪えた。
その時、

「ん? 迷子か?」

低い声に身体が震える。
恐る恐る振り返るとそこには、背が高くて身体が大きくて、髪が赤い男の人がいた。

「誰かの妹さんかい?」

大きなてのひらが伸びてくる。
それが頭の上に乗った瞬間、

「うええええええええん!!」

涙が止まらなくなった。
2014.08.03