世界で一番のお姫様−尽ちゃんと一緒!−

後編

*ほんのり新開夢主が出てきます。





怖いよ、怖いよ。尽ちゃん助けて。
泣きながら心の中で呼んだけど尽ちゃんは現れない。
──なんで? どうして来てくれないの? 尽ちゃんのばかぁ!!
恥じらいもなく大声で泣き喚いた。
すると男の人は慌てた様に私の手を引いて、挙動不審な動作をする。
なんで手をひっぱるの? 誘拐? もしかしてお母さんが前に言ってた不審者のロリコン野郎なの? 
ますます怖くなって掴まれた手を振りほどいた。逃げたいけどうまく走り出せない。

「いいもの見せてやるからここで待っててくれな」

次いでくるりと踵を返して、後の方にある小屋に向かって走り出した。
いいもの? もしかして学校のお友達が話してた、春先に現れてトレンチコートの前を開けていいものをみせてやったぞ! って叫ぶアレ!? でもいいものって何!?
友達はちゃんにはまだ早いよって教えてくれなかったけど、気になる。
好奇心に負けて戻ってくるのを待ってしまった。するとお兄さんが何かを抱えて帰ってくる。
……やっぱりにはまだ早いよ。
ぎゅっと目を閉じた。
しかし腕の中に落ちてきたモフモフの感触に薄く瞼をあげる。怖々視線を下げると、そこには一匹のウサギさんがいた。
くりくりお目々とクンクンしてくる鼻先。

「うさちゃん?」
「可愛いだろ」

いいものってうさちゃんのことだったんだ!
涙は自然と止まった。
大人しく膝の上に乗っているウサギさんに好奇心がわく。
先ほどまで恐怖の対象だったお兄さんも、今は怖くない。隣でしゃがみこんでるのを見上げて、ニコニコした。
すると頭を撫でてくれる。

「ウサ吉って名前なんだ」
「ウサ吉くん!」

呼びかけるとぴくりとした。
茶色でお目々がぐりぐりしてて、すごく可愛い。
だけどお母さんに自分の都合だけで動物をいじくり回るのはいけないことよ、と言っていたのを思いだしウサ吉くんをおうちに戻してあげた。
お兄さんはもっと撫でてもいいだぜ。って言ったけど、ウサ吉くんが疲れちゃうの。と説明したらすごく感心された。
えっへん!
胸を張ると何故か笑われた。

「ところでお嬢ちゃん、どうしてこんな場所にいるんだ?」
「お嬢ちゃんじゃないよ、! あのね、尽ちゃんを探してるの」
「じんちゃん……? 迅くんは千葉だし……」

わたしは腰に手を当てて言った。

「尽ちゃん、東堂尽ちゃん!」
「尽八か?」
「お兄ちゃん、尽ちゃんのこと知ってるの?」

よく見てみれば尽ちゃんと同じジャージを着ている。
もしかして部員仲間さん?
訪ねるとお兄さんは厚いくちびるでニカッと笑い、「尽八の妹さんか」と頷いた。
わたしは頬を膨らませる。

「妹じゃないもん! 尽ちゃんのお嫁さん!!」

風が頬を撫でる。
お兄さんはぽかんと口を開いた後、明後日の方向を向いた。心配になってじぃっと見つめていると、一拍の後、手を差しだした。

「今の時間なら部室にいると思うぜ。一緒に来るかい?」
「うん!」

手を繋いで、部室に向かう。
お兄さんは新開隼人さんって名前で、尽ちゃんと同じ自転車競技部のレギュラー。
最初は怖い人にしか見えなかったけど、改めて眺めると優しげだ。それに尽ちゃんほどではないけどかっこいい。
明日学校で自慢しちゃおう。
ウキウキしているうちに部室についた。
新開お兄さんがドアを開けてくれる。

「ありがとうございます」
「どういたしまして」

けれどドアを開けた途端、ムワっとした汗臭さに包まれる。鼻を摘むと爽やかに笑われた。
大きなお兄さん達が集まってくる。

「おい新開、ナァニ子供連れてきてんだよ」
「オレの子供じゃないぜ!」
「当たり前だろうが!!」

歯ぐきのお兄さんが詰め寄った。新開お兄さんはそれをニヘラとかわす。

「オレは作ってもいいだけど彼女が許してくれなくてなア」
「当然だボケ」

そんな彼らは放って、尽ちゃんを探す。
けれどいない。
しょぼんと肩を落とすと、背後で扉が開いた。

「お前たち、何をやってって……!?」
「尽ちゃん!!」

いつもの通り、駆け寄って飛びつく。
尽ちゃんはちゃんとぐるりと回転しながら抱きかかてくれた。ひさしぶりの抱っこが嬉しくて胸元にスリスリする。

「尽ちゃーん」
「こら、もう子供じゃないんだろ」

窘める口調に、顔を引き締める。大人しく腕の中から降りて、シュタっと着地した。
尽ちゃんはしゃがんで、私の頭を撫でる。

「こんなところまでどうした? お母さんと一緒なのか」
「ううん、一人で来た!」

えっへんと胸を張ったら、尽ちゃんが慌てた。

「お母さんには言ってきたのだろうな?」
「ううん、だって言ったらダメって怒られるもん」

ぷるぷる首を振ると、カチューシャに手を当てて困った顔をした。さらに口を開いて何かを言いかける。
けれどはやし立てるような声に遮られた。

「東堂さん、ロリコンだったんですか!?」
「バカ、趣味なんて人それぞれだろ」
「東堂にそんな趣味が……」

すると尽ちゃんは顔色を変えて叫んだ。

「バカを言うでない、この子は……」
「わたしは尽ちゃんの将来のお嫁さんなの」

見上げてねーと微笑む。
すると一拍の間があって、部室がえー!? という叫び声に包まれた。
お兄さん達が大騒ぎ。だけどそんなことはどうでもいい。

「尽ちゃん、巻ちゃんってどこ?」

きっとマネージャーさんに違いない。
そう思って服の裾をクイクイ引いた。

「どうして巻ちゃんのことを知っているのだ? ってそれも気になるが、お前ら! オレは断じてロリコンなどではないからな」

弁明しながら部員さん達の方へ行ってしまう。
あまりの大騒ぎに目が点になった。困って周囲を見回すと長いアホ毛のお兄さんと目が合う。
お兄ちゃんはポケットから何かを取り出し、しゃがんだ。

「クッキー食べる?」
「食べる!」

わーいクッキーだ!
しかも美味しい。
けれど、裏切り者の尽ちゃんは私がクッキーを食べている間にお母さんに連絡をしていた。
アホ毛のお兄さんと遊んだり、部員さんが練習をしているのを見ていたら、仁王立ちのお母さんが現れる。
すごく怒られて、しばらく学校と習い事以外外出禁止になってしまった。
尽ちゃんのバカ。
そのせいで尽ちゃんとも会えなくなり、巻ちゃんにあんたは愛人宣言もできなかった。モヤモヤする毎日。けれどその心配は意外なタイミングで誤解だとわかった。
春も近い冬のある日、尽ちゃんが友達を連れて帰ってきた。
派手な玉虫色の髪色に目が点になり、 思わず尽ちゃんの袖をひく。

「そういえばも会いたがってたな! 紹介しよう、オレのライバル、巻ちゃんだ!」
「おい東堂、会いたがってたってどういうことっショ?」

玉虫さんが眉をへにょりと下げる。
尽ちゃんがワハハと笑った。
恐る恐る玉虫色を見上げる。長い足、長い髪、薄い胸板。
つまり、

「男の人だったの!?」
「「は!?」」

二人の声がぴったり揃った。
わたしは口をパクパクさせ、巻ちゃんを指差す。

「だって尽ちゃん、毎日電話してるって!」
「いやさすがにイギリスに行ってからはしてないぞ」
「代わりにメールが来るけどな」

くわっと目を見開き、後ずさりをする巻ちゃんを上から下までジロジロ見る。
そして肩の力を抜いた。

「なーんだ。」

息をつき、自分の無作法機気づいた。お母さんに見られたら大変! 一歩下がり、ぺこりと頭を下げる。

「はじめまして。、尽ちゃんの婚約者です。よろしくお願いします」

顔を上げにっこり微笑むと、またしても二人の叫び声が重なった。



***





光溢れる教会で、わたしは高鳴る胸を押さえて来たるべき瞬間を待った。
すると賛美歌が響き、綺麗な女の人が純白のウェディングドレスを纏いバージンロードを歩いてくる。彼女は真っ白なタキシードを纏った男性──新開お兄さんと手を取り合い、永遠の愛を誓った。




「……綺麗だったね」

ピンクのドレスの裾を掴み、ほんのりふくらみ始めた胸元を押さえた。
挙式が終わり、次は披露宴。
大学卒業と同時に電撃入籍を果たした新開お兄さんの結婚式は、たくさんの友達に囲まれ、和やかな雰囲気の中で始まった。
傍らの尽ちゃんに微笑みかけると、何故か目をそらされる。

「尽ちゃん?」
「あーいや、もずいぶん大きくなったと思ってな」
「当たり前でしょ。もう十五才なんだよ? 尽ちゃんの八コ下。新郎新婦と一緒だね」

ぷーっと頬を膨らませると、尽ちゃんの目尻が下がった。
だからニコニコしながら、言う。

「だから来年になったら、尽ちゃんと結婚できるよ」
「……え」

固まった空気に気づかないふりをして、披露宴の座席に腰を下ろした。
──尽ちゃん、はもう十五才なんだよ? 私と尽ちゃんが八才も年の差があって、尽ちゃんが私の事妹みたいに思ってるって知ってるよ。でもね、絶対、ぜーったい、尽ちゃんと結婚してみせる。だって私は尽ちゃんのこと大好きなんだもん。

披露宴の始まりを告げるアナウンスに顔を上げた。





あとがき
尽ちゃんと一緒、最後までご覧頂きありがとうございます。
十五歳になったは、和風美少女になっていることと思います。この後も押せ押せで押しかけ女房よろしく尽ちゃんのお嫁さんの座をゲットすることでしょう。尽ちゃんも気がないようで、きっちりあります。その辺りの話は、そのうち書けたら書くかも?
最後までご覧頂きありがとうございました!




2014.08.24