第三話

二十世紀の終わり、大いなる災いが起こり、すべての文明が歩みを止めた。一説によるとそれは高名な予言者の予言通りだったとも言う。
ここ、山陽地方白虎村もかつては緑豊かな土地であった。だが気候と地形の激変により、それは広大な砂漠へと姿を変える。
都市は砂に没した。
そして時が流れる。
世は戦乱に荒れ果て、各地の権力者が血で血を洗う戦いを続けた。
三百年前、ようやく一人の英雄により統一され、京に都を置く王国となった。だがそれは善政を敷かなかった。結果民衆は疲弊し、やがて救世主の到来を望むようになる。

「そして生まれたのが、タタラ?」
「ええ、そうです。タタラは運命の少年、この国を救う革命家となる定めを背負って生まれてきたのです」

ナギは言った。
タタラに腕を引かれ、医者の家に入った。
医師、ナギはの顔を見るなり人払いを、とタタラに告げる(彼は盲目のため、『見る』という表現は、正しく言えば間違い)
そして誰もいなくなった部屋で、「あなたは誰ですか?」と問いかける。は、「誰……私は私だとしか言い様がないわ」と大人びた口調で答えた。ナギはそれに頷き、冒頭の話を始めた。
ゆっくりと噛み砕くように、真実を語る声で。
だが彼は重ねる言葉と共に、彼女に暗い影が忍び寄るのを祓えない。

「……ノストラダムスの予言はあたっていたのね」
「ノストラダムス?」
「さっきナギさんが言ってた高名な予言者。私の時代からしても大昔の話だったし、ただの与太話だと思ってたけど」
「……やはりあなたは……」

ナギの言葉に、はあっさり頷いた。

「過去の人間みたい。私から見ればここが未来なんだけど」

肩を竦める仕草をして、暗く呟く。「別に私がいなくなったって、世の中なにも変わらないし、どうでもいいわ。……でも、世界が滅びちゃうなら私はなんの為に毎日勉強していたのかしら?」蚊の鳴くような声でそっと、少女は神を呪った。
そして暗く微笑む。それは次第に広がり、狂気を含んだ笑い声に至った。
ナギは痛ましげに、しかし無言で佇む。
その時、

「どうしたんだ?」
「タタラ」
「ナギ、彼女はどうした?」

揺れる瞳、止まぬ狂気。
それは全身で「悲しい、痛い」と叫んでいるようで。
タタラは思わず、駆け寄った。

?」
「ああ、タタラ……様。私おかしくって」
「タタラでいい。……何が、おかしい?」
「なにもかもがわからなくなっちゃったの。私、なんで生きてるんだろ?もう家も、お母さんも、お父さんも、先生も、勉強もないのに!!」

うわ言のように虚空を見つめたの肩を抱きしめ、射抜くように見据えた。

「それならここで生きればいい」
「無理よ。だってもう誰も私を望んでいない。どうせ私ははじめからいらない子だったの。だから……!」
「ならばわたしが望む。、わたしたちと共に生きよう」

タタラの澄んだ瞳が真っ直ぐに見つめた。
瞬間、心がバラバラになるような、強い痛みを覚える。
なくしてしまったパズルのピースを見つけた、そんな錯覚が過って。

「うわあぁああああーん!」

は生まれて初めて、大声で泣いた。

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2008.11.05