第四話

そして三年の月日が流れた。
常識も習慣も違う人々との暮らしは大変だったけれど、は幸せだった。
自分を必要としてくれる人がいる。
心に刻まれた傷は時に闇を覗くように。でも彼らとなら、生きているかもしれないと思えた。
しかしてはつい先日、十五の誕生日を迎えていた。『現代』ならばまだ高校生。親の庇護の元、子供として振る舞っても許される年頃だ。だが白虎村、いや現在の日本では大人として扱われるのが普通だ。
長く生きにくい時勢。
だから同じ年頃で、既に子供がいる少女もいる。それはも例外ではなく、彼女の嫁入り先もほぼ決まっていた。





太陽に焦がれるモグラ。





収穫した作物を籠に入れ、持ち上げる。
の筋力の付きにくい、ほっそりとした四肢は重労働には向いていない。整った容姿。幼い頃は無機質にも感じられたそれは内面の成長と相まって、美しさを日増し高めていた。
水道がないのに眉を顰め、風呂が狭いのに驚き、トイレで用が足せずに困り果て、学校が存在しないことに驚愕し。文明社会で生まれた彼女にとって現在の環境は、快適とは言いがたかった。
───でも、タタラがいる。
それだけでは胸の奥が温まるのを感じた。
彼のことは誰より信じている。それは物心ついてより、他人に心を許したことのなかった彼女にはとても大きなことだ。しかしながら未だそれは、恋愛感情には至っていなかった。幼少期に両親の不和、娘に対する無関心。心の成長が外見に追いついていないのかもしれない。
だが根雪が溶け出すようにそっと。信頼が愛に変わるまであと少し。
ほんの数歩で触れ合えるほど二人の距離は近づいていた。
そして呼び声に振り返る。


「……更紗?」

タタラとよく似た少女。
彼女は明るい色の髪をおさげにして、柔らかく笑っていた。

「今日はナギの家に泊まり込みで緑を広げる研究?」
「うん……やっぱりこの辺はだめみたい。なんとかして水を引かないと」
「そう……」

空を見上げた。
同じ日本だとは、到底思えない強烈な日差し。
尋常ではない災いが降り注いだのだ結果、地軸がずれたのかもしれない。それともそのこと自体が原因なのだろうか。専門書と望遠鏡があればわかるかもしれないのに。
はそこまで考え、嘆息した。

「どうしたの?」
「なんでもないわ」

そして自嘲気味に微笑んだ。
原因がわかったところで、解決する問題ではない。それより重要な事が山積みにされていた。例えば更紗の緑を広げる研究のように。
例えるならタタラみたいに。

?」
「……私……役に立たないなぁ……」

天才少女と呼ばれたところで、全ての知識を網羅していたわけではない。知識の活用方法がわからない。
役に立てない。
だが更紗はの腕を握りしめ、まっすぐな瞳で言った。

「タタラさまのお嫁さんになるっていうのは、充分役に立つことだと思うよ」
「……ありがとう……」

は曖昧に微笑んだ。
三年が過ぎ、タタラ以外の人間とも最低限のコミニケーションはとれるようになった。しかし薄暗い笑みをはらうことはまだ、できない。そして更紗に対するコンプレックスは日に日に増している。
タタラの双子の妹。同じ瞳を持つ少女。太陽みたいに明るく、優しい女の子。

「更紗とタタラってやっぱり似ているのね」
「……双子だから」

しかし更紗はそれに複雑な表情を浮かべた。彼女はが更紗に抱くのに近い感情をタタラに持っている。だがそれは血の繋がり故、より深いのかも知れない。
だけど、首を横に振る。

「違う。そうじゃなくて、心が、よく似ていると思うの」

だって、私とあなたは違う。
その言葉は飲み込んだ。
すると更紗はほんのりと頬を赤らめ、「そうかなー?」と微笑んだ。次いで手を振る。

「明日の朝に一度家に戻るから」

そしては、『更紗』と別れた。

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2008.11.08