気がつくとそこは、崩れる城の中だった。石造りの建物の土台。は痛む頭を押さえ、周囲を見回した。
そして目が合った。
真っ青な衣を身につけた男。彼はもう、死んでいる。でも瞳は大きく見開かれ、死の匂いを感じさせなかった。
は数歩下がり、激しく痛んだ胸を押さえる。
心が炎が灯ったかのように熱く滾り、そして───。
雷激
「……っ。!」
目を覚ます。次いで夢を見ていたのだとわかった。
背中を撫でられ、つまりかけた息を大きく吸い込こむ。
「起きたか」
「……タタラ……?」
は寝起きが悪かった。今の状況を霞かかった頭で分析する。
肩を包む腕、見つめる瞳。
「……夜這?」
その言葉にタタラは目を見開き、ほんのりと頬を染めた。その珍しくも年相応の反応に、は噴き出す。
「がうなされてたから起こしにしたのに、それはないんじゃないか?」
「うなされていた……」
「ああ、わたしの部屋まで聞こえた」
「……そう……」
と更紗の部屋はタタラたちと隣り合っている。普段ならばうなされる彼女を起こすのは更紗の役目なのだが。
「ありがとう」
俯きがちに見上げた。そして冷え始めた寝汗に身体を震わせる。
「タタラ……?」
「うん?」
「さっきから何してるの、じゃんけん?」
肩を抱く手が先ほどから握ったり、閉じたり。はそれに首を傾げた。
そして数秒の空白。
タタラの息を吸い込む音が大きく、聞こえた。
「」
「はい」
「」
「……はい……?」
繰り返される問答に、怪訝に見つめる。
「……」
「何?」
両方の肩を掴んで、「妻に……」ようやく言いかけた言葉を響いた馬の嘶きが遮った。続いて轟く軍馬の足音。
それは一頭や二頭のものではなかった。
「!」
一気に険しくなったタタラの表情。
抱き上げられるように起こされ、引かれる腕。
「な、何!?」
「赤の王だ!!」
タタラの父母と共に地下室に駆け下りる。「しかし村の皆が」「今はお前が逃げ延びることが最優先だ!」そんな問答が頭上で行われていたけれど、頭の中がまっ白で。何がなんだかわからなかった。
積み上げた幸福も、一瞬で壊れ去る。
そんなこと知らなかった。
知る必要が、なかった。世が変われば命の価値すら変化する。その事実をはここに至ってようやく理解した。
次いで地下室の、さらに奥まった場所に押し込められる。
「君だけなら、きっと見つからない」
「隠れるなら、タタラが……!」
「駄目だ、ここがバレたらわたしを見つけるまで赤の軍は探索を止めない。だから……」
「イヤっ!」
かちり、と前歯がぶつかりあう音がした。
口元に手を当てて、照れ笑い。
「すまない……うまくできないものだな」
「タタラ……?」
今度は柔らかく重なったくちびる。
でもすぐに離れて、押し込められた地下室の一角。目前でタタラの瞳が揺れた。
「は生きてくれ、そしていつか……」
「そんなこと、できるわけがないわ!」
「……更紗を守ってくれ……」
もう、涙と後悔で何も見えなかった。
だからは、
「運命の少年の首、将軍錵山がもらった!」
タタラが殺されたことも、
「生きて王の死に目を見たいものはわたしに続け!突破する!」
更紗がタタラとなり、立ったことも、
「ーーーーー!!」
全てから目を背けた。
村は炎に包まれていた。
瓦礫の間から這い出し、幽鬼のように立ち上がる。
「村人か!!」
真っ赤な馬が視界いっぱいに迫っていた。刀が炎に照り返され白銀の輝きを帯びた。
そして振りかぶる。
切り裂かれる、死ぬ、そう思った。
なのに、
「おい、早く逃げないと死ぬぞ」
夢の中から救いが現れてしまった。
迫っていた兵士は彼に斬り殺され、地に這いつくばる。
広がる血染み。
青い衣がその朱によく映えた。
一陣の風か漆黒の髪をなぶるように舞い上げて。
視線がかち合った瞬間、全ての音が消えた。
「あなた、死ぬわ」
「誰でもいつかは死ぬ。だからオレは、どう生きるかの方にこだわることにしている」
隻眼の男。夜空を華麗に舞う梟。
瞳の中で青い炎が燃えていた。
「あんたは違うのか?」
2008.11.09