第五話

気がつくとそこは、崩れる城の中だった。石造りの建物の土台。は痛む頭を押さえ、周囲を見回した。
そして目が合った。
真っ青な衣を身につけた男。彼はもう、死んでいる。でも瞳は大きく見開かれ、死の匂いを感じさせなかった。
は数歩下がり、激しく痛んだ胸を押さえる。
心が炎が灯ったかのように熱く滾り、そして───。





雷激





「……っ。!」

目を覚ます。次いで夢を見ていたのだとわかった。
背中を撫でられ、つまりかけた息を大きく吸い込こむ。

「起きたか」
「……タタラ……?」

は寝起きが悪かった。今の状況を霞かかった頭で分析する。
肩を包む腕、見つめる瞳。

「……夜這?」

その言葉にタタラは目を見開き、ほんのりと頬を染めた。その珍しくも年相応の反応に、は噴き出す。

がうなされてたから起こしにしたのに、それはないんじゃないか?」
「うなされていた……」
「ああ、わたしの部屋まで聞こえた」
「……そう……」

と更紗の部屋はタタラたちと隣り合っている。普段ならばうなされる彼女を起こすのは更紗の役目なのだが。

「ありがとう」

俯きがちに見上げた。そして冷え始めた寝汗に身体を震わせる。

「タタラ……?」
「うん?」
「さっきから何してるの、じゃんけん?」

肩を抱く手が先ほどから握ったり、閉じたり。はそれに首を傾げた。
そして数秒の空白。
タタラの息を吸い込む音が大きく、聞こえた。


「はい」

「……はい……?」

繰り返される問答に、怪訝に見つめる。

……」
「何?」

両方の肩を掴んで、「妻に……」ようやく言いかけた言葉を響いた馬の嘶きが遮った。続いて轟く軍馬の足音。
それは一頭や二頭のものではなかった。

!」

一気に険しくなったタタラの表情。
抱き上げられるように起こされ、引かれる腕。

「な、何!?」
「赤の王だ!!」

タタラの父母と共に地下室に駆け下りる。「しかし村の皆が」「今はお前が逃げ延びることが最優先だ!」そんな問答が頭上で行われていたけれど、頭の中がまっ白で。何がなんだかわからなかった。

積み上げた幸福も、一瞬で壊れ去る。

そんなこと知らなかった。
知る必要が、なかった。世が変われば命の価値すら変化する。その事実をはここに至ってようやく理解した。
次いで地下室の、さらに奥まった場所に押し込められる。

「君だけなら、きっと見つからない」
「隠れるなら、タタラが……!」
「駄目だ、ここがバレたらわたしを見つけるまで赤の軍は探索を止めない。だから……」
「イヤっ!」

かちり、と前歯がぶつかりあう音がした。
口元に手を当てて、照れ笑い。

「すまない……うまくできないものだな」
「タタラ……?」

今度は柔らかく重なったくちびる。
でもすぐに離れて、押し込められた地下室の一角。目前でタタラの瞳が揺れた。

は生きてくれ、そしていつか……」
「そんなこと、できるわけがないわ!」
「……更紗を守ってくれ……」

もう、涙と後悔で何も見えなかった。
だからは、

「運命の少年の首、将軍錵山がもらった!」

タタラが殺されたことも、

「生きて王の死に目を見たいものはわたしに続け!突破する!」

更紗がタタラとなり、立ったことも、

「ーーーーー!!」

全てから目を背けた。








村は炎に包まれていた。
瓦礫の間から這い出し、幽鬼のように立ち上がる。

「村人か!!」

真っ赤な馬が視界いっぱいに迫っていた。刀が炎に照り返され白銀の輝きを帯びた。
そして振りかぶる。
切り裂かれる、死ぬ、そう思った。 なのに、

「おい、早く逃げないと死ぬぞ」

夢の中から救いが現れてしまった。
迫っていた兵士は彼に斬り殺され、地に這いつくばる。
広がる血染み。
青い衣がその朱によく映えた。
一陣の風か漆黒の髪をなぶるように舞い上げて。
視線がかち合った瞬間、全ての音が消えた。

「あなた、死ぬわ」
「誰でもいつかは死ぬ。だからオレは、どう生きるかの方にこだわることにしている」

隻眼の男。夜空を華麗に舞う梟。
瞳の中で青い炎が燃えていた。

「あんたは違うのか?」

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2008.11.09