第七話

「……蘇芳の街、検問で入れないみたいよ」
「マダムバタフライの一座を待つ」





吊るされた男





揚羽は歩くのが早い。
あと優しくない。
だからあまり好きではない。
最初の数日はついて行くので必死だった。次第にそれに慣れると、砂漠の過酷さに辟易する。荒廃した未来に来て三年の月日が流れたけれど、の基本をなすのは平和な時勢の感覚だった。しかしプライドの高さも併せ持つ。
故に弱音は吐けない。
しかしてマダムバタフライの一座(旅芸人)と合流し、蘇芳の街に行き着いた。
そして図らずも、更紗と再会を果たす。
検問を前に挙動不審に佇む少女に、

「更紗……」
「おや知り合いかい?じゃあ尚更置いてはいけないね」
「この帰蝶さんの付き人として連れてってあげましょ」

呆然と見つめ、目が合うと表情を消した。
彼女は九州へ渡る船に乗るために単身、やってきたのだ。女装、と言ってしまっていいのだろうか。赤の軍をごまかすために、更紗としてそこにいた。

……あのわたし……っ」
「詳しいことは街に入ってからにしましょう」
「……うん」

ちなみに彼女は帰蝶が女装をした揚羽であることにしばらく気がつかなかった。










「海は初めてか?」

思い返してみればナギは海という存在を教えるのに、井戸の大きなもの。という表現をしていた。「それでイメージつくのかしら?」と当時思ったものだが、やはり想像の外だったらしい。
でも見ることなく死んでしまったタタラよりずっと、いい。

は、初めてじゃなさそうだな」
「昔ね」
「お前の年で、"昔"か?」
「年のことは、揚羽に言われたくない」

ナギほどではないが、揚羽も結構年齢不詳だ。
はしゃぐ更紗を遠目に眺め、背後から近づく気配に瞼を閉じる。姿を見なくてもわかった。四道───赤の王の従兄にして腹心の部下。
は背筋が粟立ち、叫び出したくなるのを堪えた。
しかし更紗はその事実に気づいていないのか、和やかに会話を始めた。

狩られた遊牧民、奴隷の焼き印。

つまり揚羽が昔、四道家の奴隷であったという事実。
それを隠そうともせず、四道に向って中指を立てた彼は、先ほどまでより嫌いではなくなった。揚羽は過去が痛くないのだろうか。

そしてマダムバタフライの公演初日。
タタラの存在が四道にばれた。揚羽は急遽更紗を舞台にあげると、暗転と共に逃げるように指示した。
闇に浮かぶ白い姿が駆け去って行く。

「ついて行きたかったか?」

甘い匂いが身体を包んだ。

「本当に、大丈夫なの?」

答えず、問い掛けた。

「タタラ次第だな」
「違うわ。私が聞きたいのは、あなたのこと」

すると刹那目を見開いて、表情を和らげてからの頭を撫でた。

「ま、心配しなさんな」

は撫でられた腕を払って、もう見えない姿を見送った。

結局、マリオ(マダムバタフライの少年)がうっかり口を割ってしまったせいで揚羽は捕まり、こうして船上の人になるのだが。

「桜島の空が暗い……」

風が髪をなぶる。
目をつぶると幼い記憶が走馬灯のように駆け抜けた。

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2008.11.17