第九話

鈴なりに揺れる果実みたいだと、思った。





は湿り気を含んだ空気を胸いっぱいに吸い込む。
馬車が揺れる度、変わる周囲の景色。
砂漠とは大違いだと思った。別段砂漠が嫌いなわけではない。しかし慣れた湿度の高さに安心感を覚えたのも確かで。





だけど、それは地獄の入り口。
豊かさが息ずく筈の森は、首吊り死体の山だった。

「抗議の憤死だな」
「揚羽……こ、子供も死んでるわ……」

の声が震え、死体が揺れる。
それは地獄絵図の一幕だった。
自らを治めるものへの抗議の形が───死。
は激しく揺さぶられる頭で考えた。
かつて先生は友達に意地悪をしてはいけないと言った。傷つけることは不道徳な事だと教えた。キリストは隣人を愛せよと語った。
しかしここでは死のみが存在を許されている。

「なんで……?」

今にも崩れ落ちそうなの姿を、揚羽は注視する。そして小さなため息をひとつつき、彼女を隠すように青の衣で覆った。

「……今は、世の中知らない方が幸せなこともあるんだとでも思っておけ」

すると彼女は激しく震え、目前の衣を払う。
そして闇色の双眸が、

「そんなわけ、ないじゃない!」

爆ぜるように燃えた。
一目散に子供の死体に駆け寄り、吊上げるロープを切った。数えきれないほど吐き気がこみ上げ、数回は実際に吐いた。しかし全ての村人を埋葬が終わるまでは止めなかった。
抗議の憤死の意味がわからないわけではない。そっとしておくべきなのかもしれない。
でも許せなかった。





マダムが揚羽の肩を叩く。

「好きなようにさせておやり」

すると彼は了解の意を示し、無言で見守ることにした。
風のようにそっと。

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2008.11.30