第十一話

更紗はずるい。
周囲に支えられて、成長して、強くなって。

更紗は……ずるい。





水底の故郷





革命が成った。
の目から見れば、あっさりし過ぎていると感じるほどの素早さで。しかしその影には虐げられた人々の長年の努力が存在した。
そして翌朝、は龍が住むという湖に揚羽と連れ立って出かける。彼に請うて小舟を借りてもらったのだ。しかして静謐な湖面を舟が行く。
鳥の声が遠く、近く聞こえた。
風が通る度、耳鳴りのように響く高い音色。
その先で、は滅びた文明の残骸を見た。
次いでもう誰も知らない名を口にする。新宿新都心、超高層ビル街。
口の中がカラカラに乾いていた。
怖気が走るように絶望が押し寄せる。
そして気づく。

「揚羽! あっちに進んで!!」

舵取る男を振り返らず、は叫んだ。
しかし指した指は震えている。
視界が少しずつ晴れ、開けた場所にたどり着く。
それは朽ち果てた巨大なコンクリート。

「……あっ……」

都庁の変わり果てた姿だった。
さらさらさらさら。
水の音が耳に痛いほど響いた。
一陣の風が、立ちすくむ髪を舞上げる。すると、ひゅうひゅうと甲高い音が響きわたった。ビルの隙間を流れる風の音。この町の人々に龍の声として長年恐れられた旋律。
だがの耳には死神の笑い声にしか聞こえない。
人は、どこへ行ってしまったのだろう。
人は……お父さんは、どこ?

「おい、! 落ちるぞ!!」

遠くから彼の声が響き、太古の町が近づいた。
身体が傾ぎ、静寂を破る。
舞い上がる水しぶき。
しかし落ちたと思った瞬間には、引き上げられていた。

「自分の足下くらい、しっかり見てろ」

飽きれたような声と、水浸しの身体を包む熱。冷たいはずなのに、どこか暖かい。
でもまだ遠かった。
すると数度揺さぶられ、頬を張る音が響く。

「揚羽……痛い」
「正気に戻ったか?」

少しだけ恨みがましく見上げて、頬に手を当てる。しかし素直に頷いた。
次いで文明の残骸を振り仰ぐ。
は、かつて天才と呼ばれていた。
父親の影響もあって政治、経済に対する知識・記憶力は通常の子供の郡を抜いていた。
ちやほやされてはいた。
経済的にも豊かだった。
だが父と過ごした記憶は、驚くほど少ない。一度だけ連れて行ってもらった田舎と海。それで全部だった。でも一度だけ、が賞を貰った日、「さすがパパの娘だ」そう言って破顔した顔を忘れることができない。
嬉しかった。
でももう会えない。
こんなにも簡単に、永遠の別れは来る。
少し前のなら信じられなかったその事実が、心に染み渡り広がった。
人は死ぬ。
滅びぬ文明など存在しない。
だから今、生きているのかもしれないと思った。

 top 


2008.12.22