第十三話

千草さんはこの世界で私の『お母さん』だ。
少なくともタタラと更紗、千草さん自身はそう言っていた。
優しくて、強くて、暖かい。しかし彼女が優しくしてくれればするほど大きな違和感を感じていた。
だって私の『お母さん』は全然優しくなかった。
娘を顧みない人だった。
だけど熊野が燃えて千草さんが赤の軍から助け出された時に、欠片ほども気にかけていなかった自分自身に気づく。
酷い……?それは違う。
やはり私の『お母さん』あのお母さんしかいなかった。
綺麗で、傲慢で。自分の美貌と、信望者達との会話と、跡継ぎである弟にしか関心を持たなかった人。
あれが私の母親なんだ。










ある母娘の肖像











海が凪いでいた。

「熊野はずいぶん派手なことになったようだな」
「……興味ないわ」

言葉に背を向ける。



しかし揚羽は手をとり、甲にくちづけた。
私は訝しげに見上げて、逸らして。
海風が頬を撫でる。
振り払う気にもなれず、打ち寄せる波を見つめた。

「……お二人さん、オレのこと忘れとらん?」
「まあな」
「……」

意味ありげに微笑む顔を睨む。すると浅黒い肌の男は楽しそうに笑い声をあげた。

「それにしても揚羽、しばらく会わんうちに可愛い子口説いたもんやな」
「だろ」

抗議の声をあげようと口を開く。
だが直後語り始めた政治情勢につぐんだ。
揚羽の友人、ジャーナリスト、太郎ちゃん。
彼は歌う様に語る。
熊野の事件と王家の弱体化。東北鹿角一派。関東のクーデター。
情報は脳内を目まぐるしい勢いで駆け巡り、パズルのピースを組み立てた。
革命の時は近い。
そも過去の歴史からかんがみて、現在の政治体制はとっくに破綻していた。ここまで民を蔑ろにした政権が三百年もの永きに渡り治めていたなんて奇跡に等しい。
アンバランスな国。
偏り過ぎた天秤が釣り合いを取り戻すときが来た。

「オレは生涯傍観者で、一発後世に残る戦記でも書いたろかと思うとるけど、お前はそうやない。いつ表舞台に出てくるんや?」

しかし歴史は傍観者を許容するのか。

「とりあえずタタラの見舞いに熊野でも行くか。なあ?」

頷く。

「西で、何かが起こる気がする……」

すると紫煙が感嘆の息と共に空に流れた。

「あんた一緒に瓦版ややらへん?向いとるで」
「お断りします」

背を向ける。
男二人の忍び笑いが通り過ぎた。


 top 


2009.3.22→2010.1.10修正