第十四話

その瞬間、ドロドロとした黒いものが沸き出すのを感じた。
騒乱の蘇芳。
赤の王は部下に裏切られた。
そして混乱の最中一人の女性と出会う。
彼女は四道の妻、そして───妊婦だった。
千手姫は、乳母とはぐれたひとりぼっちのお姫様。
揚羽は彼女を抱き上げ言う。

「あなたと四道の子供は命をかえても守ります」

聞いた瞬間、心が黒く染まった。
お姫様なんて死んでしまえばいいのに。
思ったが揚羽の勢いに無言で従う。
しかして街を脱出しタタラの船、朱雀へ向かう。
その旅は苦痛でしかなかった。
こみ上げる嘔吐感。
浮かび上がる記憶───怜悧な美貌と腕に抱かれた赤子。
振り向かない。
お母さんは弟だけ愛した。

、顔が真っ青だ」
「余計なお世話」

手を払いのける。
無言の時間は続きやがて日が暮れた。
たき火の準備をし、お湯を沸かす。
揚羽は私を見て嘆息すると、千手姫に語りかけた。

「あなたは賢く時代を見つめなければ。なぜなら、あなたは母親だから。わかりますか、国の未来を築くのは救世主でも王でも英雄でもない。母親、という人達です。その子を馬鹿にするかどうかはあなた次第なんですから」

吐き気がする。

「憎しみはね続かないんですよ。生きて、歩いて、人に会い、誰かを愛せば消えてしまうんですよ」
「嘘!!!!」

気がつくと声の限り叫んでいた。
だって消えない。
心が痛くて、耐えられなかった。
肩を抱いてうずくまると、口の中から鉄の味がする。

……? 千手姫、馬車の中に入っていてください」

呼ぶ声に逆らう。すると強い力で引き寄せられて、くちびるに圧力を感じた。
それをがむしゃらに押し返す。
塩辛い涙が流れて、頬が切れる様に痛かった。
抱きしめる腕を何度も殴る。言葉の限り罵倒した。だけど放してくれない。

「放して!!」
「駄目だ」

指先が優しく髪を撫でる。
その時、何かが音を立てて切れた。

「揚羽なんて……大嫌い……汚い……自分を痛めつけた男の息子を好きだったなんて馬鹿じゃないの」
「そうかもな」

痛い瞳に、私が映っている。

「揚羽は馬鹿よ。 世界一の大馬鹿もの……」

心臓の鼓動がした。
揺れる炎。
全てがどうでもよくなって、胸に顔を埋めて思い切り泣いた。
風の匂いが眠りに誘う。
遠くで梟の鳴き声が聞こえた。


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2009.4.18→2010.1.10修正