第十六話


揚羽に着いて行く決意をしたのは、一緒に死にたかったからだ。
私はタタラの為に死にたかった。
しかしその最中たくさんの死と出会って、迷いを持つ。
だけど生きる覚悟を持てない。
私はまだ、自分の命が大事じゃなかった。
だから、

「あんた、正気かい?」

茶々の静止を振り切って、東北の地に降り立つ。
一日過ぎたけれど、同盟の使者───揚羽達はまだ戻っていない。そこが女一人で向かうべき場所ではないことなどわかっている。
だけど東北は父の出身地。
一度この目で見たかったし、何か見つかるのではないかと言う淡い期待を抱いていた。

「止まれ!何用だ」
「タタラの仲間です。ここを通してください」

増長の門を守る衛視の誰何。
それは一拍間を置いた後、「入れ」という言葉に変わった。
風の坑道に足を踏み入れる。
瞬間、一塊の風が髪を舞上げた。
目を細める。
マントを右手でぎゅっと押さえ、竦みそうになる足を前に進めた。

「武器を穴に放り投げよ……?」

しかして金銀財宝を通過し、ぽっかりと開いた穴の前に立ち尽くす。
始めから武器など持っていない。
立てかけられた看板の文字に思わず苦笑した。
次いでたちこめる獣の臭い。闇に輝くいつくもの瞳。狼か、野犬か。
震えそうになる足を叱咤し、拳を握りしめた。
ふと考える───獣に食い殺されるのは痛いのだろうか。

……死にたくない。

思って苦笑した。
その時光が差す。
眩むような光量に目を手で覆い隠し、薄く開けて見る。
そこには鬼がいた。

「娘、何用だ?」
「なまはげ……?」

惚けた声が喉から飛び出した。
確かに記憶の底にある。
祖母の家で過ごした夏休み。お祭り、昔話。

「その名、誰から聞いた?」

なまはげは、この地方以外に伝承されなかったのだろうか。
答えず問いかえすと、大股で近寄る男。

「何者だ? この地方の伝承に詳し過ぎる」

何故か彼を怖いとは思わなかった。
言葉に微笑む。

「よかった……東北はあまり変わってないんだ……」
「おい!?」

気が緩んだ瞬間、膝に力が入らなくなる。
伸ばされた腕の記憶を最後に、私は意識を失った。

(そういえば、寝てなかったんだっけ)


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2009.7.04→2010.01.10