第十七話

やかんから蒸気が漏れ出す。達磨ストーブがちろちろと赤い舌を出し、人のざわめきが遠く聞こえた。
太陽の匂いがするお布団。
目を開いた瞬間、記憶が混同した。

「目が覚めましたか?」

影が祖母と重なる。
だけど遥かに若くて美しい女性。
小さくてあかぎれがある手が額を撫で、優しげな瞳が見つめた。

「ここはどこ?」

問いかける、すると彼女は微笑んだ。

「大丈夫、何の心配もいらないわ」

言葉に長いまつげが揺れる。
彼女は増長の妻さゆりと名乗った。











「起きたか、急に倒れたから皆も驚いていたぞ」
「あの……はい」

まだ寝ていなさいという言葉を遮って彼の元へ足を運んだ。
鬼面の男が増長で、この地域のリーダーなのだろうか。
さゆりさんは優しいけれど、何があるかわからないと思っていた。なのに暢気にお茶を飲んでいて、肩透かしをされた気分だ。
風の坑道ではよそ者に対する冷たい態度だったのに、それが当然のはずなのに、どうして?

「君もお茶を飲むか?」
「え……?」
「遠慮することはないのよ」

困惑気味に振り返る。

「どうぞ」

手際よく用意された座布団に正座する。日本人形に似た愛らしい姿にさゆりは微笑みを浮かべた。
しばし空間を支配する茶の芳香と囲炉裏のはぜる音。
問いかけた。

「タタラ達は、どこへ?」
「網走へ送った」
「あなた」

増長はあえて妻の咎める視線を無視した。

「刑務所だ。誰ひとりとして生きて帰ったことはない曰く付きの場所でもある」

は体が強張るのを感じた。しかし直後肩の力を抜いて、

「揚羽が一緒なら大丈夫……信じるわ」

自らの言葉に驚き口元を抑えた。

「ほう、あの派手な男の事だな。恋人か?」
「違います」

言い切った表情に増長は面食らい、さゆりは上品に笑い出す。

さん、そろそろお休みなさいまし」

素直に頷いた。
そして立ち去る直前、振り向く。

「増長さん、その……ありがとうございます……」

彼は眉を跳ね上げ、次いで微笑んだ。

「養生しなさい」


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2009.7.18→2010.1.10修正