やかんから蒸気が漏れ出す。達磨ストーブがちろちろと赤い舌を出し、人のざわめきが遠く聞こえた。
太陽の匂いがするお布団。
目を開いた瞬間、記憶が混同した。
「目が覚めましたか?」
影が祖母と重なる。
だけど遥かに若くて美しい女性。
小さくてあかぎれがある手が額を撫で、優しげな瞳が見つめた。
「ここはどこ?」
問いかける、すると彼女は微笑んだ。
「大丈夫、何の心配もいらないわ」
言葉に長いまつげが揺れる。
彼女は増長の妻さゆりと名乗った。
「起きたか、急に倒れたから皆も驚いていたぞ」
「あの……はい」
まだ寝ていなさいという言葉を遮って彼の元へ足を運んだ。
鬼面の男が増長で、この地域のリーダーなのだろうか。
さゆりさんは優しいけれど、何があるかわからないと思っていた。なのに暢気にお茶を飲んでいて、肩透かしをされた気分だ。
風の坑道ではよそ者に対する冷たい態度だったのに、それが当然のはずなのに、どうして?
「君もお茶を飲むか?」
「え……?」
「遠慮することはないのよ」
困惑気味に振り返る。
「どうぞ」
手際よく用意された座布団に正座する。日本人形に似た愛らしい姿にさゆりは微笑みを浮かべた。
しばし空間を支配する茶の芳香と囲炉裏のはぜる音。
問いかけた。
「タタラ達は、どこへ?」
「網走へ送った」
「あなた」
増長はあえて妻の咎める視線を無視した。
「刑務所だ。誰ひとりとして生きて帰ったことはない曰く付きの場所でもある」
は体が強張るのを感じた。しかし直後肩の力を抜いて、
「揚羽が一緒なら大丈夫……信じるわ」
自らの言葉に驚き口元を抑えた。
「ほう、あの派手な男の事だな。恋人か?」
「違います」
言い切った表情に増長は面食らい、さゆりは上品に笑い出す。
「さん、そろそろお休みなさいまし」
素直に頷いた。
そして立ち去る直前、振り向く。
「増長さん、その……ありがとうございます……」
彼は眉を跳ね上げ、次いで微笑んだ。
「養生しなさい」
2009.7.18→2010.1.10修正