第十九話

帽子の上に大きな手がのった。

、無事でおれ。わしも妻もこの地も、主の訪れを待っている」
「ありがとうございます。さゆりさんにも……」
「うむ、伝えよう」

優しく頭を撫でる手。以前ならば絶対に振り払ったであろう行動を許容出来る。
その不思議に、胸の中に明かりが灯るのを感じた。
そして角じいの呼び声に振り返る。
船が出る。
北の地とお別れ。血の連なる故郷とのお別れ。

「また、来ます」
「必ず会おう。それまで元気で」

彼の言葉に、懐かしさを感じた。
ここで出会った人達。
彼らはの心に暖かい火を灯した。自分の写真が残されていたのなら、縁者のうち誰かは生き残ったのだろう───それはおばあちゃんかもしれない……。
頬を撫でる風は冷たくて、滲んだ涙は放っておけば凍りついてしまうだろう。
だけど暖かい。心臓が脈打つのを感じる。
小さくなる人影に最後まで手を降り続けた。









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【とある夫婦の会話】

「あなたどうしてさんと多聞さんがお話する機会を作ってくださらなかったの」
「あいつは牢獄から出たばかりで臭かったからな」
「そんなことをおっしゃっているから、いつまでたっても奥さまが来ないのです。長老たちも心配してましてよ。切っ掛けくらいあなたが作ってくだされば良かったのに」
「だがぼんやり眺めてばかりで動こうとしなかったからな」
「……絵姿とは言え、初恋のお人ですからね」
「玄武を受け継いだ直後だから、ずいぶんと長い恋だな……しかも絵に」
「はい、ですがさんは実際に現れてくださったのです。わたくしは初めて見た瞬間から、多聞さんのお嫁さんになっていただこうと心に決めておりました。次は絶対にお二人に会話をさせてくださいましね」
「……わかった。あいつに嫁御を娶って欲しいのはわしとて同じだし、それがならば言う事はない」
「わたくしもです」











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「くしゅんっ」
「風邪か? なにしろ寒かったからな」
「……」
「無視か?」
「……」
「ま、これでも着てろ」

降り注いだ衣に埋もれる。
次いで青の波からひょっこりと顔を出し、彼に向けて思い切り舌を出した。
揚羽は狐に摘まれたような顔をした後、破顔し少女の頭を軽く撫でる。
天気は快晴、航海は順調だ。

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2010.05.09