第二十話

船が南下するに従って、空気に柔らかな温度が混じる。
癖のある長い髪が潮風に揺れた。揚羽は新橋と無邪気に戯れる更紗を眺め、微笑む。

───意味を知りたい。
なぜ更紗がタタラなのか
なぜ、
運命の子供が女でならなければならなかったのか。

「え……? なぜってあたしはただお兄ちゃんの代わりで」

網走で、その意味が少しわかったような気がした。
だがタタラは不思議そうに見上げる。

「まあ今はわからんでもいいさ」

光明。

「おまえの可能性……ってやつが見えたような気がしたのさ」

運命の女。
オレの光。
きっと彼女の進む先にある。
ならば、

「タタラ! じきに青藍に着くぞ」

九州はまだ遠い。
角の言葉に、「ちょうどいい。じゃオレ達はそこでおろしてくれ」告げて、をどう運ぼうか思案した。
北の大地が見えなくなった途端腕の中に倒れ、眠り込んだ彼女。それだけ気を張っていたのだろう。心配していたのか───船室で眠る少女を思った。

「揚羽……一緒に桜島に行ってくれるんじゃないの……?」
「ちょっと用を思いついてな。オレはオレですることがあるのさ」

彼女のために、あるいはオレ自身のために、そばにいるより離れた方が多くのことをしてやれる。

「いやだ……だっては連れてくのに、なのに……」
「あいつは別だ」

何をしなきゃとかすべきとか、じゃなく、何をしたいかといつも忘れず考えろ。
言って背を向けた。
そしてタタラが背中に抱きつく間、自らの言葉を振り返る。
あいつは別。
するりと出た言葉。選ばせるまでもなく一緒に行くと言った。以前と違って更紗とも和解し、置いて行っても別段かまわないはずなのに。彼女の安全を考えるならそうすべきだった。

「タタラ! いや……おまえはタタラと呼んでほしいのか? それとも更紗と呼んでほしいのか」

背中越しに別れを告げ、の眠る船室に降りた。
しかして扉を開く。

「起きてたのか」

美しい幻を見た。
寝台に腰掛け、小さな窓からひたすらに外を見つめる瞳。漆黒は全てを見通し、濡烏羽色の髪が振り向き揺れる。
それは一枚の絵画のごとく。

「行くの?」

だが言葉を発した瞬間幻影は消え、無表情の少女が佇む。
いや、旅を始めた当初と違い完全な無ではなかった。生意気そうな表情には感情の彩りが差し、発育途上な女性の美。

綺麗になった。

彼は素直に感嘆する。
頭を撫でた。

「さわらないで」

眉間に皺を寄せ、払う手に嫌悪感はない。



運命を感じたのは更紗と千手。では彼女は、
……娘?
更紗と同い年なのに?
オレの判断基準ってどうなってるのかね。
嘆息し、手をさしだした。

「行くぞ」
「うん」

頷く横顔を見つめた。
命をかけて守りたいと思うのが運命の女なら、ただそばにいるのが当然だと感じるこの気持ちは。
掠めた思考に微笑んだ。

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2010.08.15