平和島家の長女

玄関の扉を開くと眩しい太陽が輝いていた。それは彼女の髪を黄金に染め瞳に煌めきを与える。

「先輩、行くね」
「元気でな。グローワース島……だったか? 無茶もほどほどにしとけよ」

くしゃりと髪を撫でた。すると虚勢が崩れ、くすぐったいのと恥ずかしい中間な表情で目を細める。俺は小さなスーツケースに視線を落とし、「らしいな」とひとりごちた。

彼女と出会ったのは中学三年。

「あんたが田中トム!?」

名前を確認するなり踵落としを食らわしてきた少女。後輩の姉でもある彼女の名前は平和島
鮮烈な輝きを放ち強く、美しく、完璧な存在。
そう思っていた。
しかし卒業は会う事もなくなり。

再会は高校卒業からしばらく過ぎた、冷たい雨が降る日のことだった。
仕事帰りに見かけた傘もささずに歩く来神高校の生徒。肩口で切りそろえられた髪は雨にずぶ濡れに。前髪が表情を隠していた。
後に考える。
三年ぶりの再会で。
普段なら絶対近づかない奇妙な風体なのに。
一目で気づいたのはどうして?

「……なんでだろうな。……に会うためだったりして、なーんてな」

半ば本気の冗談。呟いた瞬間透明な液体が流れ落ちた。

「……先輩、助けて」

弱気を見せない後輩が漏らした言葉。
その時、心が音を音を立てて。
パズルのピースが一枚の絵を描いた。

「うち、来るか?」

抱き寄せた肩は小さくて。
いまさらながらに女の子なんだと思った。

「……ヤダ」

捨てられた子犬みたいに見つめる癖に、素直には答えない。
───可愛いやつ。

「なんで笑ってんのさ」

頬を染めくちびるを尖らせる。
笑って頭を撫でた。

「実家から送って来たうまい豆大福があるんだけどな?」
「……食べる」
「じゃあ行くべ」

傘を拾い上げ、並んで歩きだした。
そして一年。
徐々に心の整理をつけた。彼女の笑顔も怒り顔も全てが綺麗で好きだった。
だけど、

「先輩」

名前で呼んではくれなかった。
大切に思っていた、好きだった。でもお互いに最後の一歩を歩み寄れなかった。

「なぁ、わがまま言ってもいいか?」

光彩薄い瞳が丸くなる。
笑って抱き寄せた。
恋人同士には遠く、友人より近く。
これが俺たちの距離。
見つめると頬に朱が差した。
酸素の足りない金魚みたいに口を開く。

「ト、トトトトト」
「鶏か」

つっこむとむくれ、次いで息を大きく吸い込んだ。

「トムさん!!」
「おぅ」
「トムさん」
「なんだ?」
「……トムさん……」
「ほら、泣くな」
「……ありがとう、ごめん」
「謝んな。俺が可哀相みたいだろ?」

傷ついた鳥は、癒えれば飛び立つから。
わかっていながら掌に包み込んだのは俺自身。そのことに一辺の悔いもなかった。
朝日が眩しい。
彼女は腕の中から飛び出して、背を向けた。
一度だけ立ち止まる。

「さようなら」

また、なんて気休めを言わないところがらしい。






「さようなら」

俺はそういうところが好きだった。
後ろ姿に告げた。