平和島家の長女

周囲に知人の姿がないことを確認し、CDショップに入る。次いで目的のブツを確保し、制服のスカートで手の汗を拭う。頬が緩むのを堪えてレジに向かった。

「買い物ですか?」

ビクリと肩が跳ねた。
振り返るとそこには、

「か、門田。こ、こんなところでなにしてんの?」
「普通にCD買おうかと……Chara好きなんすか?」
「ちが、そんなわけないじゃない!!」
「じゃあどうして?」

握りしめたCDに視線が注がれる。背中を生暖かい汗が伝った。

「静雄が欲しいって言うから!!」
「……静雄が?」

男子中学生がChara?
ないない。一般レベルなら絶対とは言い切れないけど、静雄が好きとか……。
幽って言えばよかった。

「とにかく、詮索すんな!」
「……はぁ」

呆れ顔で頷く門田。
厳重に口止めをしてCDショップを出た。平和島仄は乙女チックな曲が好きとか、噂立ったら自害してやる。
だが結局噂は片鱗も流れる事なく、その年の誕生日。

「先輩、おめでとうございます」

ややはずれた方向を見ながら手渡されたプレゼント。新譜CD。
覚えてたんだ、と恥ずかしい半分嬉しい半分で、気づいたら殴ってた。
ホントごめん。
この一件で門田は良い奴だと確信した。

そして中学を卒業し、運命の来神高校。
最後の一年の大半を田中先輩の家に転がり込んでいたせいであやうく退学になりかけた。お母さんとお父さんが揃って現れたときは本気でどうしようかと思ったけど。
土下座してくれた先輩の姿は一生忘れない。
だから離れる事にした。
私がいると彼の迷惑になる。
それに側にいたら頼ってしまう。甘えていたくなる。
私は一人で立てる人間になりたかった。
だから高校を卒業したのち、グローワーズ島へ旅立った。尊敬するトラウゴットの生まれ故郷にして経営するジムがある場所。
そこでたくさんの人、そして人ならざるものに出会った。
かくして今がある。
少し怪しげな物品を扱う輸入業者。
日本にも時々帰ってくるが、上の弟は池袋で取立て屋。下の弟はアイドルで芸能人。
お正月にかろうじて会えるくらいの日々が何年も続いた。母曰くあんたたちは双子みたいに育ったから今離れてトントンってことらしい。
しかし幽はともかく静雄はどうしようもないおバカさんなので本気で心配だった。だけどトムさんが面倒を見てくれていると聞いてそれをやめた。





そして二十四になる今年。
事件が起きた。
獅子崎君が日本に帰る。
南米に旅行した際偶然再会した彼。相変わらず優しく強い人。家族を傷つけた犯人を追ってこんな場所まで来てしまった。それを驚くと同時にらしいとも思った。
大切な人。
大好きだった人。
今は良き友人。
出来る限りの手助けをしてきた。ついに犯人一味を捕まえたという連絡が来たのが先月。真犯人を突き止めたと聞いたのが数日前。
獅子崎君が日本へ帰る。
真犯人を捕まえるために。だから私も一時帰国することにした。
そこで彼と再び出会う。
改装を発注した獅子崎君の家の前で。
広い背中。手ぬぐいで覆われた頭。
どこかで見たような、思ったがわからなかった。
だって私にとって彼のイメージは中学生。確かに元々背は低い方ではなかった。どちらかと言えばたくましい方だったと思う。
だけど大人になった彼の姿を想像していなかった。

「門田ぁ!!」

目を見開く。
表情に後輩の面影を見つけて、嬉しくてほほえんだ。
結果、私たちの関係性に決定的な変化が訪れる。





□□□





「羽島幽平、聖辺ルリ熱愛発覚!!」

朝の番組を見ながら焼き餅を食べていた。
ここから弟の住居までの距離、報道陣に囲まれる可能性、その他を計算しながら租借。
すると物音がして、風呂上がりの胸板が視界を覆った。

「へぇ」
「幽彼女が出来たんだって。ま、直接聞いた訳じゃないから本当かわからないけど」
「本当だったらどうするんだ?」

男前な笑顔と言葉に固まる。
触ろうとする腕を押しのけながら牛乳を一口飲み下した。
次いで塞がれたくちびる。

「京平!?」
「してって顔だ」
「そんな物欲しそうな顔してない!」
「してた」
「してない!!」


ぷん、と顔を背けて軽く蹴りを入れた。
……本当にどうしてこうなったんだろう?
京平は後輩で中学生の頃から知っていて。だけどしつこいし頷くまで居座るし。気づいたら居心地良すぎて離れたくなくなった。
これって……なんか。
なんだろう?
よくわからない。
ぎゅーっとしてくる腕に掴まって、

「ばーか」

囁いた。
朝日が眩しい午前の出来事。








end

WEB拍手 あとがき