放課後、芳桂は覚束ない足どりで歩く影に目をとめた。
「椿?」
眉を顰め、声をかける。
「ぶつかりますよ」
しかし顔をあげない。
覗き込んだ瞬間、柳眉をしかめた。
……泣いている。
涙が大粒の真珠みたいに輝いて、抱えた書類を濡らしていた。
彼は思考を巡らせた後、彼女の腕をとって歩き出す。人影まばらな時間だから良いようなもの、口さがない生徒に見られたらことだ。
「で、今回は何を見たんですか?」
「芳桂くん、冷たいっ」
椿は差し出されたポカリスエットを飲みながら、真っ赤な目を擦る。次いで怨みがましく見つめ、ぼそぼそした声で事情を話し出した。
体育館裏。
人影。
男女。
キス。
「懲りない人だ」
腕を組み内心で、「それはこの人も変わらないけれど」とひとりごちた。
あれはそういう男なのだ。
よほど鈍くない限り彼女が誰に夢中なのかなど、一目でわかる。だったらさっさと告白してしまえばいいのに、しない。
それがどうにももどかしく感じられた。
とある教師が曰く、「照木さんは彼の好みのど真ん中と言わないまでも結構いい線言ってると思うんですけどね」ということらしいので嫌とは言わないだろう。
結局の所、椿が白黒はっきりつける以外解決法がないのだ。
溢れた涙が夕日に映り、キラキラと輝いた。
差し出されたちり紙で鼻をかんだその時、
「よっ」
予想外の人物が現れた。
長身、真っ黒で長い髪、隔絶の冷たさと少しの甘さを感じさせる目元。
それは生徒会長三双萩判李に相違なかった。
「みみみみみみみっ」
「日本語をしゃべりなさい」
芳桂に頭を叩かれ、涙目で見上げる。
だが判李の視線に気づき、椅子ごと反対側へ向いた。
「呼ぶ前に来るなんて珍しいですね」
「そろそろ仕事がたまってきた頃合いかと思ってな」
二人の会話も上の空に、慌てて手鏡を取り出す。
───泣き顔も、泣いてむくんだ顔も絶対見せたくない!
それは女のプライドだ。しかし頭上から現れた手に奪われる。
「あっ」
見上げると、楽しげに笑んだ瞳と視線が勝ち合う。
……正直腹が立った。
「返して!」
立ち上がり、奪われた手鏡に向けて手を延ばした。
だが身長差はそれを阻む。
「もう、なんなの!?」
再び手を延ばす。
届いた、思った瞬間視界が黒に染まった。
「んっ?」
眉根をしかめた。
でも視点が合わない。
鏡を奪い返したはずの手は捕らえられ、反対側の腕は顎に軽く添えられて、
離れた。
急速に合った視点は、信じられないほど近くに漆黒の瞳を映した。
それは絶対零度の闇。
でも二度目に触れた啄むようなくちづけは蕩けそうに甘くて、
「きゃああーーーーーー!!」
正気に返った途端、椿は扉を蹴破る勢いで生徒会室を飛び出した。
後に残るのは胡乱な瞳と呆れ混じりのため息。
「で、なんだったんですか?」
冷たい視線に、
「さあな」
判李は口元を人差し指で拭い、それを舌先で舐めとった。
2009-07-03
当主、エロい!?
いやいや完全に私の趣味です、ごめんなさい。妄想族でごめんなさい。
怒濤の更新はひとまずここまで(だと思います、多分)
written by Nogiku.