お気楽道中、問答無用!

私が下僕と彩雲国巡りを初めてから一年が過ぎた。
茶州、藍州、白州、黒州、紅州と彩雲国を一回り。
藍龍蓮とも巡り会え、その他、自信なさ過ぎ当主、同じ顔みっつ(キモイ)、変な赤いおっさん、など個性的な面々と出会った。とは言え、この旅は実のところそれが目的ではない。
そもそも藍龍蓮に会いたい、だけだったら正式に邸に招待するなり影に調べさせるなり方法はあった。
自らの足で探したのは理由がある。
一つはなんとなく面白そうだったから、つまり楽しむため。
もう一つが、「生まれたときから持っていたこの国への疑問を晴らす」
ま、第一目的は楽しいことだから、無理なら別に良かったのだけど。
しかし私は天才。
国を回り、断片的な情報を組み合わせ。予測を確信に変える。
故にこの紫州へ来た。
目的はとあるお偉いさんに会うこと、ついでにとある女にケチをつけること。
まずはお偉いさん。いかにして王宮へ忍び込もうかと腕を組む。女人官吏が採用され始めたとはいえ、現状大した数はいない。それに紛れ込むのは無理だろうし、なによりこの美貌。目立たないわけがない。
叔父様に頼んで正規ルートをとるか……考えていると横手から声がかかった。
甘い美声が情けなく囁く。

、急ぐことはないだろ。正式にお願いにあがれば……」
「黙れ、死ね」

忍び込むことが決定した。
決行は───夜半。
「つ、捕まったら君は家に戻されるだけで済むけど僕は国試をうけられなく……ごふっ」同行の星倫は双手をあげて賛成してくれた。
ずりずりと気絶した荷物を引っ張りながら考える。

「さて夜までどこで休もうか……ん?」

顎に手をあてた。
……まさかこちらに先に会えるとは思いもしなかった。
だから人生はおもしろい。
とっくり眺めた。
元気よく野菜を値切る姿。
背後には美形の家人。
黒髪に赤みがかった瞳。
彼女の十人並みの容姿は、竹を割ったようにまっすぐで、柳のごとく折れない柔らかさがある───という意味不明な性格のおかげで輝いて見える、らしい……私には気が強い平凡な女にしか見えないけど。
確か今年二十一、だったか。
見つめる。十代までは明るくて可愛い、と言えなくもなかった容姿。
今は可愛くも美しくもない。本来なら今が盛りであろうに、男勝りを演出するあまり、素材の持ち味を見事に壊していた。
うまくやれば理知的な「美女」になれかたもしれなかったのにね。
観察を追え、私は微笑んだ。
すると周囲の男たちが振り返り、星倫が飛び起きる気配を感じる。
モーゼの奇跡のごとく。
人並みが割れた。
ゆっくりと近づき、扇を広げる。

「こんにちは、紅秀麗。噂通り、中途半端なお顔ね」
、君なんてこと言うんだ!」

扇を閉じて、手持ちの部分で星倫の頭を殴った。
次いで再び開く。

「わたくしは黄家直系長姫、黄。初の女官吏にしてなり損ないの王妃様、ごきげんよう」





□□□





あれから二年の時が過ぎた。
王の教育係として後宮に上がり、辞して。初の女人官吏として登用され、茶州で州牧を勤め、冗官に落とされ、御史台で学んだ。
そして妃としてではなく、官吏として彼を支えたいと願った。
結局秀麗は求婚を拒み通した。劉輝は十三姫と結ばれ、それなりに幸せな家庭を築いている。その証に、昨年女の子を授かった。そこには王の義務のみではない愛情が溢れている。公子誕生の報もそう遠いことではあるまい。
何もかもが願い、望んだ通りになった。
国は栄え、賢帝として名声を高めつつある王。
これであの時の誓いは果たせる。
一人でも多くの民に笑顔にできる仕事を。
王の官吏に。
だけど心のどこかで空虚を感じていた。
それは多分、官吏として公女誕生を祝った時。
顔をあげた瞬間。
───劉輝はもう秀麗を見ていなかった。 
求愛を拒み、十三姫を娶ると決めた後ですら、感じていた。「秀麗を愛してる」「秀麗だけを愛してる」想いはすでになく、彼の瞳には十三姫への愛と、娘への慈しみのみ満ちていた。
───図らずも気づく。
気づきたくなんてなかった。
彼への思いが単なる友愛でも、臣従の絆ではなく、男女の愛であったことに。
二度と取り戻せない立場になってようやくわかった。

だから彼女の言葉はひどく痛かった。
いつものように笑って、静蘭と夕餉の買い物に出て、商人のおじさんと値引き合戦を繰り広げて。
いつものように、いつものように。
しかし変化は不意に現れた。
人並みが割れて。
最初に目に飛び込んできたのは漆黒の髪。次いで切れ長の瞳が見下し微笑んだ。
漆黒の仙女。
浮かんだ言葉に困惑する。
しかして彼女は秀麗の混乱が収まるのを待たず、言った。

「なり損ないの王妃様」

言葉は臓腑を抉る。
傍らの家人が殺気立つのを感じて、手のひらで制した。

「お嬢様!!」
「いいの、静蘭……いいの……」

背中にはびっしりと汗をかいている。
だが生来の負けん気で、美貌の女を見返した。

「それで……私に何のご用でしょうか?」

視線の勝ち合った中心。
真昼の商店街に熱い情念が灼熱する。