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凍原に咲く雪花

互いの首に絡み付いた紐のよう

まっ白な雪が降っていた。
清廉で、儚く、それ故に美しい。

縹家の至宝、薔薇姫の元で出会った幽閉された少女。
彼女の艶やかな黒髪にシミひとつない純白の肌。絶望の手前で希望を見ているまっすぐとした瞳。
美しいのは当然のことだ、でも惹かれたのはそこじゃない。性格?……それも違う。まるで存在そのものが璃桜を誘因するかのように、愛してしまった。
自分自身と似通った容姿を持つ、

「……あなたが……璃桜お兄様……?」

異母妹いもうとを。
鈴の鳴るような可憐な声色を持つ愛しきひと。
始祖の生まれ変わり。絶大なる異能者。結界の破壊者。彼女を讃え、あるいは貶める言葉は山のように存在する。だがそんなことはどうでも良かった。

「愛している」

璃桜はその事実以上に自分の感情を表現する必要性を感じなかった。
だから今はただ、二胡を奏でる。
その珠玉の音に、薔薇は肩肘をつきながら目を閉じ、冬姫は気持ち良さそうにうとうとと眠る。

「お主は変わり者じゃの」

薔薇姫は言った。そして鎖の鳴る音と、ついで流れる美しいため息。
二人の美しきひと、絵画の一枚を見る様な至福の時。それはとても幸せな時間だった。その後の長い人生の中でも味わったことない満たされていた頃。
薔薇の雷光のような眼差しに焦がれた。冬姫の可憐にして一途な瞳を愛していた。二人に向かう想いは少しだけ違っていたけれど、共に愛であったことに違いはない。
しかしそれはある日突然終わる。――それが天命だと冬姫は言った。
そして、





差し出した血塗れの手を拒絶した。





愛していたのに、愛して欲しかったのに。

「結婚しよう、冬姫」
「……それは……なりません」

冬姫は途切れ途切れに言葉を紡ぎ、首を横に振った。

「なぜだい? 当主……父上も君の母も死んだ。 私たちを阻む者等なにもないのに」
「でも、姉様はお許しになりません。 そして天も、それを望まないでしょう」

しかし璃桜はその言葉を拒絶した。
冬姫はそれに、雷にでも打たれたかのように呆然と目を見開き、次いで老人のようなため息をつく。

「知っておられるはずです。 わたくしとお兄様はあまりに近い。 純血など何の価値がありましょう。 このままでは縹家の血が途絶えてしまいます」
「そんな事……私は君がいれば家などどうでもいい!!」
「………………っ」

その瞬間、冬姫はなんとも名状しがたい表情を浮かべた。そして覚悟を決めてゆっくりと振り返る。
璃桜はなぜか喉の奥に激しい渇きを感じた。
それまで無言で見守っていた薔薇姫は眉間の皺を深くして、冬姫の肩に手をかけて、

途端、漏れ出す青白い光。

冬姫は涙をぽろぽろと零しながら璃桜に微笑んだ。

「わたくしは生まれて来てはいけなかったのです。 でも…………お兄様どうか幸せに……良き伴侶を見つけてくださいませ」

しかし璃桜はその言葉に激高して叫んだ。
でも冬姫は、消える。
名残惜しそうにのばされた指先は結局絡み合うことなく、虚空に消えた。璃桜はそれでも必死に手を伸ばすが、掴めたのは千切れた彼女の着物の袂のみ。








呆然と立ち尽くし、

「……君以外を愛することなどできるはずがないじゃないか……」

呟いたその瞬間、璃桜の中で何かが壊れた。

















薔薇はゆっくりと、切れ長の瞳を閉じる。
死者の冥福を祈るように。