臓腑が沸くように痛んだ。
じわじわと広がる赤。
痛みはじき引くだろう。なぜなら妾が向かうのは冥府への道だから。
「……おかあさま……っ」
だから悲しむ必要などない。しかし黒曜石の瞳からはらはらと透明な液体が落ちて……。
災厄の象徴、蒼遙姫の生まれ変わり、そして妾の娘。
そうか、人外の異能者でも泣くことができるのだな。
それともこの子は人になれたのか。
だが冬姫は人であって人ではありえない。始祖の魂とはそういうもの。
鞘のない剣に価値はない。生まれた瞬間死ぬべき存在。
しかし娘の誕生は歓喜と驚喜と恐怖を生んで、それを歪めてしまった。
禁忌の子。
兄上、現当主とそっくりな娘。
これは呪詛。
罪を犯した者への罰だった。
だのに、なぜ誰も気がつかない?現代において蒼遙姫は必要なかった。過ぎた力はいずれ縹家を滅ぼしてしまう。
だが当代で蒼遙姫と薔薇姫という強大な力を手に入れてた縹家は、決定的に歪んでしまった。
次いで手に負えなくなると老人共は漫然と貴陽があれの力を押さえることを期待し、鬼妖への反転を招きかける。
最早引き返せない。しかし縹家のほこりは手放せぬ。
───故に妾は娘の首を絞めた。
「おかあさま」
でも殺しきれなかった。
甥に刺されるとは、妾もまだまだ甘い。
そして最後に気が付いてしまった。
わが娘よ、最後に聞こう。
「其方生きたいのか?」
瞬間瞳を大きく開き、凍りつくように固まった冬姫。
───あい分かった。
ならば逃げ道を用意しよう。
『其方はこの世界のものにあらず』
異世界へ向うための最初の呪詛を唱えた。
次いで効果を確かめ、瞳を閉じる。二度と帰らぬ死出の旅。
急速に遠のく意識の中最後に感じたのは娘の体温だった。
我が縹家に幸あれ。
そして願わくば冬姫に一縷の望みがあらんことを。