雪は世界を染め上げて、吐息の色と溶け合って。
出会いは一瞬の選択。
しかしそれは時に、誓いへと昇華することを知った。
布団の中でゆっくりと呼吸をくり返す少女。
彼女を拾ってから早一週間。当初は勝手に目覚めるだろうと放っておいたが、三日目を超えた頃にはさすがに心配になり、知り合いの医師を呼んだ。
結果は「異常なし」
遅い呼吸は睡眠というより、「冬眠」に近くゆえに飲まず食わずでも大丈夫だと言っていた。しかし───。
陶器のような頬を見つめ、嘆息する。人形のような美貌。
でも真一郎は自分の欲するものに気がついてしまった。
少女に背を向け、戸棚に手を伸ばす。
その時、物音が聞こえた。
振り返ると焦点の合わない黒い瞳。それは長い髪と相まって一種荘厳な雰囲気を讃えていた。
しかしそれが流すのは大粒の涙。
「……お兄様……お母様……」
少女は自身の千切れた着物の袂を見ると、さめざめと泣き出す。
なぜか鋭利な刃物を突きつけられたかのように、胸が痛んだ。そして気がつく。
「おい」
「……は……い……?」
真一郎の存在にはじめて気がついたかのように振り向いた漆黒の瞳。
見つめ合った瞬間わかった。彼は声を上げて笑いたくなる。他人に嫌われないように言葉を選ぶなんて、何年ぶりの事だろうか?
「俺は真一郎。 この家の家主だ。 おま……君は? うちの玄関の前で倒れていたことは覚えているか」
わずかに目を見開き、はためく長いまつげ。仕草はあくまで控えめで、しっかりとした教育を受けているのが一目でわかる。
「それはご迷惑をおかけいたしました。 わたくしの名前は……」
桜色のくちびるが何かを形作ろうとした、だが瞬間雷にでも打たれたかのように目を見開き空白の後、「申し訳ありません。 名乗れませぬ」と悲しげに呟いた。
「は?」
真一郎は思わず剣呑に問いかけ、すぐさま後悔した。
小刻みに震えるちいさな肩。
「驚かすつもりはなかったんだ。 君は名前がない、わけはないよな」
すると愛らしい顔が今にも泣き出しそうに、こくりと頷いた。
それを見た真一郎はなぜか大罪を働いた極悪人の気分になり、
「じゃあ俺がつけてやる。 雪の日に倒れていたから雪子だ!」
「……雪子……?」
早口でまくしたてた。それは実に彼らしくない言葉で。あどけない顔で小首を傾げる仕草に焦りが募った。
しかし冷や汗を流す真一郎を尻目に彼女はしばらく思案した後、雪融けの笑みを浮かべた。
「ありがとうございます、真一郎様」
「うえぁ? いや……こちらこそ」
膝を突き合わせて互いに頭を下げ合う様は、人が見たらさぞかし滑稽だったことだろう。
そして二人は一年後、結婚した。今まで浮いた話ひとつなく既に三十路を超えていた真一郎と十代半ばと思しき雪子。両親は涙し、悪友たちはやんややんやと騒ぎ立てた。
「失礼致します」
「どうした?」
結婚前夜に雪子は硬い表情で部屋に現れ、自らに起きた全てを話した。
過去も、世界も、異能も全て。
真一郎はそれを神妙に聞くと、彼女の瞳を見つめた。
「でも、お前が今ここにいる事実は変わらない」
雪子はぼろぼろと大粒の涙を流した。