年下の男の子、年上の女の子

手料理の定番と言えば、やはり肉じゃがだろうか。
食材はカレーとほぼ同じ、作り方だって似たようなものだと母が言っていたような気がする。よし、ここは一つ炊き立てのお米と肉じゃがをどどーんと食卓にのせ……ないな。和食で一品だけとか見た目が悪すぎる。まして初めて手料理を食べされる相手にそんなことしたら、どん引きされるわ。
となれば、カレー、丼もの、ハンバーグ、グラタン?
グラタンってどうやって作るの? ハンバーグはレシピ見ればギリギリ作れるかなぁ。チーズハンバーグも美味しいよね。ハンバーグ作ってチーズ乗せればいいのかな。
輝く日差しとは対照的に落ち込む心を鼓舞した。
会社の休憩室で弁当箱を前に唸る。すると背中を軽く叩かれた。

「隣いい?」

香水の上品な匂いに振り向く。

「優衣もお昼?」
「そーそー、社長は朝から出張です」

内巻きにクルクル巻かれた長い髪に身体のラインがはっきりとわかるブランド物のスーツ。毛穴一つ見えない肌、マスカラとアイシャドーに彩られた目尻が下がった。

「だから一緒にたべよ」
「うん」

微笑が口角に浮かぶ。
彼女とは他部署ではあるもの同期入社という縁があって仲良くなった。優衣は派手で男好きという私と違うタイプではあるが、竹を割ったような性格で付き合いやすい。
彼女は外で買って来たらしき弁当の包みを開いた。私も弁当箱を開け食べる。

「手作りなんて珍しいじゃん」
「色々あってね」

言葉を濁した。
二人で焼肉を食べに行った後、数回外でご飯を食べに行った。とはいえ彼も忙しいので、一ヶ月か二ヶ月に一回程度。メールは週に一回か二回。練習中の面白い話や、大会のことを教えてくれる。
先日は大きな大会で優勝したそうで、珍しく電話がかかってきた。じゃあお祝いしなきゃね、と返したら、まさかの手料理がいい発言。とっさに頷いてしまったけど私は料理が苦手だ。しかし期待した声音で楽しみにしてる、と言われてしまえばもう後戻りできなかった。
だからこうしてお弁当作りに精を出しているわけだけど……。

ってほんと料理のセンスないよね」
「……ううっ」

優衣のつっこみに涙にくれ、しょっぱ甘い卵焼きを口に入れる。食べられないほど不味いわけではない。でも微妙としか言えない出来映えになってしまう。

「ふぅん、それにしてもついに営業三課の隠れアイドルに男ができた
か。これは明日からうちの男共が大変ね」
「は!?」

思いもよらない言葉に目を剥く。
男ってなんだ!? あと隠れアイドルってどういうこと!? 周りに聞かれないように距離を詰め寄ると、あっけらかんとした答えが返ってきた。

「営業三課のフェアリーちゃんって呼ばれてるの知らなかったの?」
「知らない! っていうかフェアリー!? それも気になるけど男って
何? 彼氏なんてできてないんですけど」

鼻息も荒くつめよると、優衣は眉をへの時にした。

「じゃあなんで料理嫌いな上、見た目に反しておおざっぱなあんたがわざわざお弁当作ってるの?」
「……それはっ」

言葉に詰まると、ニンマリと笑まれた。獲物を前にした肉食獣の表情に冷や汗が浮かぶ。
その時、休憩室でランチをしている他のグループの笑い声が響いた。

「ここではちょっと……」

口ごもると、優衣はふぅんと呟いたきり無言でお弁当を食べ始めた。そして早々に食べ終わると、立ち上がり様私の肩を叩いた。

「続きは居酒屋ってことで。定時に玄関前集合ね」
「えー!?」

叫び声に視線が集まる。口元を押さえ椅子に座り直したときには、優衣の姿は休憩室から消えていた。ノ一みたいな子だな。ため息をついて、微妙な味の弁当を口に運んだ。

そうして終業後、玄関前で楽し気に手を降る優衣に肩を落とす。
完全に研究者に捕まった宇宙人状態だ。鼻歌を歌いながら腕を掴む姿に諦観した。
小綺麗な居酒屋の奥まった席で向かい合い腰掛け、ボトルキープ中のワインを注文する。

「これ高いんじゃないの?」
「知らなぁい、私が払ったわけじゃないし」

小悪魔の笑みに、ほどほどにねと呟く。対する返事は軽い。
乾杯して、前菜を抓みグラスを傾けた。しばし会社の愚痴を言い合った後、本題にはいる。

「そ・れ・でどんな男なの? 年上? 同い年? どこで知り合ったの?」
「だから彼氏じゃないって」
「あら、彼氏だなんて言ってないじゃない」

妖艶な笑みに、口ごもる。

「いや……ほんとにそういう関係じゃないから。弟みたいなものだよ」
「ってことは年下?」
「まあ……そうなるよね」
「大学の後輩とか? あーなるほど相手が大学生だから言いづらいってことか。でも今時年下なんて普通よ」

その追求に喉がつまる。ワイングラスを睨み、飲み干した。

「…………高校生デス」

グラスをテーブルに置きながら白状した。すると優衣が口元に手を当てて目を見張る。次いで身を乗り出してきた。

「ほんとに!?」
「そう……だから付き合ってるとかじゃないの」

目をそらし、フライドポテトを食べる。しかし彼女はワインを豪快に飲み干しテーブルに叩きつけた。

「どんな顔!?」
「え、っと。これ」

先日大会優勝でしたという報告に添付されていた写真を見せる。すると優衣はひゅぅと口笛を吹き椅子に深々と腰掛けた。

「格好いいじゃない」
「紹介しないからね」

彼女の恋愛遍歴を思い出し、念を押す。するとおかしそうに笑いながら、「友達の男には手を出さないって」と言った。くちびるを尖らせる。

「……だから付き合ってないって」
「なんで?」
「いくつ年下だと思ってるの? こっちもだけど、高校生がこんな年上を本気で相手するわけないじゃない」

やさぐれながらワインを飲んだ。
しかし優衣はパチパチと瞬きをして、会心の笑顔を見せる。

「でも好きなんでしょう?」

ワインを吹き出しそうになるのを堪える。咳きこみ涙目で抗議すると、ごめんごめんと軽く謝られた。そうして爆弾だけ落として、軽快な足取りでお手洗いへ立つ。
憤りながら追加注文したカルパッチョを食べていると、携帯が着信を告げた。
メールの送信者は──新開隼人。

『今週、家に行ってもいいか?』

口元が変な形に歪む。周りの人に見られないようにハンカチで被い隠した。
すぐに返事を打ち込む。

『部活はいいの?』
『朝練してから行くよ。小田原までなら練習にもなるしな』
『やっぱりロードレーサーで来るの? 待ち合わせはお昼頃、駅前でいいかな?』
『ああ。着く三十分前くらいにメールする』

了解、と返そうとした瞬間甘い香水の匂いに気づく。携帯を閉じたが時既に遅く、ニヤニヤ笑いの優衣が背後にいた。

「ラブラブじゃん」
「単なる確認だよ」
「ふーん、へぇ」

全然信じてない顔に、デコピンする。

「ちょっと跡になったらどうすんのよ!?」
「なるわけないでしょ」
「よーし、そう来るなら!」

ひょいと携帯を奪われる。

「何すんの!?」
「こうする!」

とカメラを起動してシャッターを切った。

「何、勝手に撮ってるの!?」
「あんたのことだから、写メもらっておいて自分は出してないんでしょ? 一枚くらい送ってあげなさい」
「やーめーてー! せめてちゃんと撮った写真にして!!」

叫ぶとピタリと優衣の動きが止まり、悪魔の笑みが浮かぶ。
言質を取られた。
仕方なくお手洗いで化粧直しをして、言われるまま写真を撮った。

「でも新開君だってこんな写真いらないよ」
「何言ってるの。絶対欲しがってるから」
「えー……」

無精無精メールを作成する。
文面を作ってから実際に送るまで十分ほど格闘してしまった。ニヤニヤしっぱなしの優衣が憎い。

『了解。あと、この前写メもらったので私も送ります。でもいらないよね? 受け取ったらすぐに消してください』

送信。
緊張に固まり携帯を見つめる。
返信はほとんど間を置かずに来た。

『待ち受けにしました』
「するなー!?」

メールに向かって盛大につっこむと、優衣が爆笑した。
そのあと何度も、写真消して。消したよね? ねえ、消した!? と再三にわたりメールをしたが返事が返ってくることはなかった。